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第51話 ありがとう

 放課後。


 エンジェル部の部室。


 窓から差し込む夕日が、室内を優しく照らしていた。


 栞は活動日誌を書いている。


 凪は宿題と睨めっこ。


 正義はいつものように本を読んでいた。


 静かな時間。


 いつもの放課後だった。


「……終わったぁ」


 凪が机へ突っ伏す。


「数学なんかこの世からなくなればええねん」


「それは困ります」


 正義は本から目を離さず答えた。


「先生が困ります」


「先生だけやろ」


「受験生も困ります」


 凪はぴたりと固まる。


「……来年やん」


「来年です」


「その話やめよ」


「現実逃避ですね」


「うるさい」


 栞が思わず吹き出した。


「ふふっ」


「今日も賑やかですね」


「仲良しちゃうからな!」


 凪が即座に否定する。


「こいつがいちいち正論言うだけや!」


「事実です」


「そこや!」


 三人は笑った。


 しばらく他愛もない会話が続く。


 そんな穏やかな時間だった。


 その時。


 正義が静かに本を閉じた。


「……あの」


 二人が顔を上げる。


 正義は珍しく言葉を探していた。


 視線を泳がせ。


 少し照れくさそうに頭を掻く。


「その……」


「今回のことというか」


「今までのこともですけど」


 歯切れが悪い。


 いつもの正義らしくない。


 栞と凪は黙って待っていた。


「その……」


 正義は一度息を吸う。


「僕を」


「信じてくれて」


 また言葉が止まる。


 照れ隠しのように苦笑する。


「……ありがとうございました」


 一瞬。


 部室の時間が止まった。


 沈黙。


 三秒。


 四秒。


 最初に動いたのは凪だった。


「えっ」


「今ありがとう言うた!?」


 正義ははっと我に返る。


「あ」


 しまった。


 そんな顔だった。


 栞も目を丸くしている。


「録音しておけば良かったです!」


「歴史的瞬間でした!」


「そこまでですか」


「そこまでです」


 栞は真顔だった。


 凪も何度も頷く。


「正義が素直に礼言うた!」


「明日槍降るんちゃう!?」


「天気予報を確認してください」


「そこちゃうねん!」


 二人は大笑いする。


 正義は額へ手を当てた。


「言わなければ良かった……」


「後悔しとる!」


 凪は机を叩いて笑う。


「いやぁ」


「こんな日が来るとは思わへんかった」


 栞も嬉しそうに微笑んだ。


「でも」


「すごく嬉しかったです」


 正義は照れ隠しに咳払いをする。


「別に深い意味はありません」


「あります」


 栞が即答する。


「ありません」


「あります」


「ありません」


「あります」


「どっちやねん」


 凪が笑いながらツッコミを入れる。


 三人は顔を見合わせた。


 そして。


 思わず吹き出した。


 部室に笑い声が響く。


 ひとしきり笑った後。


 正義は窓の外へ目を向けた。


 少し前まで。


 放課後は一人で過ごすものだった。


 本を読んで。


 誰とも話さず。


 静かに時間が過ぎるのを待つだけ。


 それが当たり前だった。


 でも。


 今は違う。


 騒がしい。


 落ち着かない。


 だけど。


 悪くない。


「正義君」


 栞が優しく微笑む。


「こちらこそ、ありがとうございます」


「せやな」


 凪も笑う。


「これからもよろしくな」


 正義は少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。


「……別に」


 その返事に。


 二人はまた笑い出す。


 夕暮れの部室。


 笑い声がいつまでも響いていた。


 こうして三人は。


 本当の意味で仲間になったのだった。

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