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第42話 ごめん

 封筒が見つかった後。


 二年二組の教室には重苦しい沈黙が流れていた。


 誰も顔を上げられない。


 誰も何を言えばいいのか分からない。


 盗難事件は存在しなかった。


 犯人もいなかった。


 あったのは勘違いと、思い込みだけだった。


 そして。


 その思い込みによって、一人のクラスメイトを追い詰めた。


 その事実だけが教室に残されていた。


 最初に口を開いたのは菊川だった。


「桜木」


 学級委員長は深く頭を下げる。


「ごめん」


「俺が止めなきゃいけなかった」


「学級委員長なのに」


 教室が静まり返る。


 正義は静かに答えた。


「別に」


 いつもの返事だった。


 それが余計に苦しかった。


 続いて。


 藤原が立ち上がる。


 目には涙が浮かんでいた。


「桜木君」


「本当にごめん」


 深々と頭を下げる。


「私がちゃんと確認してれば……」


「こんなことにならなかったのに」


 声が震えていた。


 正義は少しだけ視線を向ける。


「気にしなくていいです」


「でも……」


「見つかったんだからいいでしょう」


 藤原は何も言えなくなった。


 周囲の生徒たちも次々と謝り始める。


「悪かった」


「ごめん」


「疑ってごめん」


 だが。


 その時だった。


「でもさ」


 一人の男子生徒が口を開く。


 教室が静まる。


「俺たちだって悪気があったわけじゃないだろ」


 空気が変わった。


「そうだよ」


 別の生徒も続く。


「状況的に怪しかったじゃん」


「最後に教室にいたのは事実だし」


「何もないのに疑ったわけじゃない」


 栞が眉をひそめる。


「だからといって――」


「じゃあ他に誰がいたんだよ」


 男子生徒が言い返す。


「俺たちだけ悪いみたいに言うなよ」


「そうだよ」


「誰だって疑うだろ」


 教室がざわつく。


 謝罪した生徒たちも困惑していた。


 藤原は俯く。


 菊川も止めようとする。


 だが。


 もう誰も冷静ではなかった。


「それを偏見って言うんや」


 低い声が響いた。


 凪だった。


 教室中が振り返る。


 凪は笑っていない。


 今まで見たことがないくらい険しい顔をしていた。


「一人でおるから何なん?」


「愛想悪いから何なん?」


「何考えとるか分からんから泥棒なん?」


 誰も答えられない。


「違うやろ」


 凪は教室を見渡す。


「お前らが勝手に決めつけただけや」


「でも結果論だろ!」


 男子生徒が声を荒げる。


「本当に盗難だったかもしれないじゃん!」


「だからって証拠もないのに決めつけてええんか!」


 凪も負けずに言い返す。


 空気が一気に険悪になる。


 今にも口論になりそうだった。


 その時。


 栞が立ち上がった。


「日向夏さんの言う通りです」


 静かな声だった。


 だが強かった。


「悪いのは疑われた側ではありません」


「疑った側です」


 教室が静まり返る。


「証拠もないのに」


「印象だけで決めつけた」


「それが間違っていたんです」


「でも――!」


 誰かが反論しようとした。


 その瞬間だった。


 ガラリ。


 教室の扉が開く。


「何だ何だ」


 聞き慣れた声だった。


 担任の松田である。


 教室の異様な空気を見て眉をひそめる。


「妙な噂が流れてると思ったら」


「今度は何を揉めてるんだ?」


 教室が静まり返る。


 やがて菊川が事情を説明した。


 封筒の紛失。


 学級裁判。


 桜木への疑惑。


 そして封筒発見まで。


 松田は最後まで黙って聞いていた。


 説明が終わる。


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて。


 松田は大きくため息を吐く。


「なるほどな」


 そして教室全体を見回した。


「全員覚えておけ」


 いつもの軽い口調ではなかった。


「証拠がないなら決めちゃいけないんだ」


 誰も顔を上げられない。


「分からないなら」


「分からないままにしておく勇気も必要なんだよ」


 静かな声だった。


 だが。


 教室の誰の胸にも深く刺さった。


「人を疑うのは簡単だ」


「でもな」


「一度失った信用を取り戻すのは難しい」


 松田は正義を見る。


「今回、一番辛かったのは誰だと思う?」


 誰も答えない。


 答えは分かっていた。


「桜木だ」


 教室が静まり返る。


「お前らは謝れば済むかもしれない」


「でも疑われた方は簡単には忘れられない」


 松田はゆっくり続ける。


「だからこそ」


「人を疑う時は慎重になれ」


「それが大人になるってことだ」


 そして。


 松田は正義を見る。


「桜木」


 正義が顔を上げる。


「悪かったな」


 静かな声だった。


「担任なのに気付くのが遅かった」


「もっと早く止めるべきだった」


 正義は少し驚く。


 松田が謝るとは思わなかったからだ。


 だが。


 返事はいつも通りだった。


「別に」


「お前なぁ……」


 松田が苦笑する。


 凪も呆れた顔になる。


「ほんまそれしか言わへんな」


「便利なんですよ」


「便利ちゃう」


 思わず栞が吹き出した。


 張り詰めていた空気が少しだけ緩む。


 凪は松田を見る。


「先生」


「ん?」


「たまにはまともなんやな」


「失礼だな」


 松田は笑った。


「俺だって大人だからな」


「今初めて知ったわ」


「ひどい生徒だ」


 教室に小さな笑いが広がる。


 事件は終わった。


 だが。


 残った傷がすぐ消えるわけではない。


 それでも。


 二年二組は今日、大切なことを学んだ。


 人を決めつける怖さを。


 信じることの大切さを。


 そして。


 謝ることの難しさを。


 窓から差し込む午後の光の中。


 二年二組はようやく前へ進み始めていたのだった。

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