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第39話 信じる理由

 最終公判を翌日に控えた放課後。


 エンジェル部の部室には静かな空気が流れていた。


 窓の外では夕日が校舎を赤く染めている。


 だが。


 三人ともあまり元気がなかった。


 調査は続けている。


 藤原にも話を聞いた。


 当日の状況も整理した。


 それでも決定的な証拠は見つからない。


 状況は何も変わらなかった。


「行き詰まりやなぁ……」


 凪が椅子にもたれ掛かる。


「ですね」


 栞も小さく頷いた。


 明日は最終公判。


 このままではクラスの空気は変わらないだろう。


「まあ」


 正義が本を閉じる。


「別にいいです」


「よくない」


 凪が即答した。


「よくないです」


 栞も続く。


 正義は肩を竦める。


「どうせ証拠もないですし」


「だからって諦めるな」


 凪が言う。


「何でそこまで平気なんや」


 正義は少しだけ考えた。


 そして。


「慣れてるので」


 そう答えた。


 部室が静かになる。


 凪も栞も何も言えなかった。


 その一言が妙に重かったからだ。


 正義はそれ以上話そうとしない。


 昔のことを語るつもりもないらしい。


 だから二人も深くは聞かなかった。


 しばらく沈黙が続く。


 やがて。


 栞が静かに口を開いた。


「私は信じています」


 正義が顔を上げる。


 栞は真っ直ぐだった。


「正義君はそんなことしません」


「証拠があるからじゃありません」


「正義君だからです」


 迷いのない声だった。


 正義は少しだけ言葉を失う。


 そんな風に言われたことがなかった。


 少なくとも覚えている限りでは。


「日向夏さんは?」


 栞が尋ねる。


 凪は腕を組んだ。


「うーん……」


「何ですかその間」


「考えとるんや」


 真面目に考えた末に。


 凪は頷いた。


「こいつは性格悪いけど」


「泥棒はせえへん」


 沈黙。


「褒めてます?」


 正義が尋ねる。


「褒めとる」


「どこがですか」


「泥棒せえへんところ」


「基準が低い」


 栞が思わず吹き出した。


 凪も笑う。


 正義は呆れた顔をした。


 だが。


 ほんの少しだけ口元が緩んでいた。


「なあ」


 凪が言う。


「うちはお前のこと知っとる」


 正義は黙る。


「体育祭の時もそうや」


「嫌われるかもしれんの分かっとったやろ」


「別に」


「嘘つけ」


 凪は笑った。


「でも言うてくれた」


『本人が嫌がっとるやろ』


 あの時の言葉を思い出す。


 正義は視線を逸らした。


「栞も助けた」


 凪が続ける。


「部活も手伝っとる」


「困っとるやつ放っとけへんやろ」


「そんなことありません」


「ある」


 今度は栞が即答した。


「正義君は優しいです」


「それはないです」


「あります」


 こちらも即答だった。


 栞は微笑む。


「正義君は、自分で思っているよりずっと優しい人です」


 正義は何も言わない。


 どう答えていいか分からなかった。


 信じられることに慣れていない。


 認められることにも慣れていない。


 だから居心地が悪い。


 だけど。


 不思議と嫌ではなかった。


「だから」


 栞が言う。


「私は最後まで信じます」


「うちもや」


 凪が頷く。


「証拠が見つからんでも」


「お前がやっとらんことだけは分かる」


 その言葉に。


 正義は少しだけ俯いた。


 胸の奥が妙に温かかった。


 こんな気持ちは久しぶりだった。


 しばらくして。


 小さく息を吐く。


「変な人たちですね」


 それが今の精一杯だった。


「今さらやな」


 凪が笑う。


「今さらですね」


 栞も笑った。


 二人の笑顔を見ながら。


 正義は思う。


 もしかしたら。


 今回は違うのかもしれない。


 人を信じるのは怖い。


 期待するのも怖い。


 それでも。


 ほんの少しだけ。


 信じてみてもいいのかもしれない。


 夕焼けに染まる部室で。


 三人は静かな時間を過ごしていた。


 最終公判まで。


 あと一日だった。

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