第38話 孤立
第二公判の翌日。
朝のホームルーム前。
二年二組の教室はいつも通り賑やかだった。
友人同士で談笑する者。
スマートフォンを見せ合う者。
部活動の話で盛り上がる者。
修学旅行の話で盛り上がる者。
いつもと変わらない朝。
――のはずだった。
ただ一ヶ所を除いて。
教室後方。
窓際の席。
桜木正義の周囲だけが妙に静かだった。
以前から友人が多い方ではない。
だが。
今は明らかに違う。
誰も近付かない。
誰も話し掛けない。
まるで見えない壁でもあるかのようだった。
「なあ」
男子生徒が小声で話す。
「やっぱ桜木なのかな」
「分からないけど」
「でも他にいないだろ」
「まあ……」
ひそひそ声が聞こえる。
本人にも聞こえている。
聞こえないふりをしているだけだ。
正義は本のページをめくる。
活字を追う。
だが内容は頭に入ってこない。
それでも読み続ける。
そうしている方が楽だった。
昔からそうだった。
人が離れていく。
勝手に誤解される。
決めつけられる。
反論しても信じてもらえない。
だから期待しない。
その方が傷付かない。
いつの間にか、そう考えるようになっていた。
「おはようございます」
不意に声がした。
顔を上げる。
栞だった。
いつも通りの笑顔。
本当にいつも通りだった。
「おはようございます」
正義も返す。
栞は当たり前のように正義の前の席へ座った。
周囲の生徒が少し驚いた顔をする。
だが栞は気にしない。
「昨日は眠れましたか?」
「普通に」
「嘘ですね」
「何でですか」
「顔に書いてあります」
正義は小さく苦笑した。
そんなものは書いていない。
だが栞は本気で言っているらしい。
「桜木君」
「何ですか」
「一人で抱え込まないでくださいね」
正義は答えなかった。
代わりに視線を逸らす。
その様子を見て栞は少しだけ悲しそうな顔をした。
しばらくして。
「おはよーさん」
元気な声が響く。
凪だった。
教室へ入るなり真っ直ぐ正義の席へ向かってくる。
「おはよう」
「おはようございます」
凪は周囲を見回した。
そして眉をひそめる。
誰も近付かない。
誰も話し掛けない。
気に入らなかった。
「なあ正義」
「何ですか」
「昼飯一緒に食おうや」
「いつも食べてるでしょう」
「今日は特にな」
凪が言う。
正義には意味が分かった。
だから少し困った。
気を遣われていることも分かるからだ。
「別に平気ですよ」
「知っとる」
凪は答える。
「でもな」
少しだけ真面目な顔になる。
「うちは平気やない」
正義が黙る。
「私もです」
栞も続いた。
「正義君が平気そうな顔してる方が心配です」
その言葉に。
正義は返す言葉を失った。
二人とも本気だった。
本気で心配している。
本気で怒っている。
本気で助けようとしている。
どうしてそこまで出来るのか。
正義にはよく分からない。
「変な人たちですね」
ぽつりと呟く。
「今さら?」
凪が笑う。
「今さらです」
栞も笑った。
その笑顔を見ていると。
少しだけ。
本当に少しだけ。
胸の奥の重さが軽くなる気がした。
だが。
疑惑は消えていない。
最終公判は明日。
クラスの空気も変わっていない。
むしろ悪くなっている。
正義は窓の外を見る。
青空が広がっていた。
その横顔を見ながら。
栞と凪は同じことを思っていた。
このまま終わらせたくない。
絶対に。
真実を見つける。
最終公判まで、あと一日だった。




