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第36話 弁護人

 第一公判が終わった放課後。


 エンジェル部の部室には重い空気が流れていた。


 窓の外では運動部の掛け声が聞こえる。


 だが。


 部室の中は静かだった。


「腹立つわぁ……」


 最初に口を開いたのは凪だった。


 椅子にもたれ掛かりながら天井を見上げる。


「何がですか」


 正義はいつも通りの口調だった。


「何がって全部や」


 凪が即答する。


「証拠もないのに好き勝手言うて」


「別に」


「別にちゃう!」


 凪が机を叩いて立ち上がる。


「お前が一番怒れ!」


 部室に声が響いた。


 だが。


 正義は大して表情を変えなかった。


「怒ったところで封筒が出てくるわけじゃないですし」


「そういう問題ちゃうやろ!」


「そういう問題です」


 凪は頭を抱えた。


 この男は本当に面倒だった。


 自分が疑われているのに危機感がない。


 まるで他人事だ。


「桜木君」


 栞が静かに声を掛ける。


 正義が視線を向けた。


「本当に平気なんですか?」


「平気です」


 即答だった。


 だが。


 栞は首を横に振る。


「嘘です」


「何でですか」


「分かります」


 栞は真っ直ぐ正義を見る。


「私には分かります」


 正義は少しだけ言葉に詰まった。


 栞は続ける。


「平気な人はあんな顔しません」


「どんな顔ですか」


「傷付いている顔です」


 部室が静かになる。


 正義は視線を逸らした。


 図星だった。


 もちろん平気ではない。


 だが。


 慣れていた。


 昔からそうだった。


 誤解される。


 決めつけられる。


 勝手な印象で判断される。


 反論しても聞いてもらえない。


 だからいつの頃からか期待しなくなった。


 人は見たいものしか見ない。


 そういうものだと思っている。


「桜木君……」


 栞が心配そうに呼ぶ。


 正義は小さく息を吐いた。


「別に珍しくもないです」


「え?」


「こういうの」


 栞と凪が顔を見合わせる。


「どういう意味や」


 凪が尋ねる。


 正義は少し考えた。


 だが。


「別に」


 結局そう答えた。


 話すつもりはないらしい。


 凪は眉をひそめる。


 栞も何かを察したようだった。


 きっと。


 昔何かあったのだろう。


 それだけは分かった。


「だから放っとけばいいんです」


 正義が言う。


「そのうち終わります」


「終わらへん」


 凪は即答した。


「終わる」


「終わらへん」


「終わります」


「終わらへん言うとるやろ!」


 凪が机を叩く。


「このままやったら第二公判でお前有罪や!」


「学級会ですよ」


「うるさい!」


 正義は黙った。


 凪は腕を組む。


「ええか」


「うちはお前がやったと思っとらん」


 真っ直ぐな言葉だった。


 正義が少しだけ顔を上げる。


「私もです」


 栞も続いた。


「桜木君はそんなことしません」


 正義は何も言わない。


 だが。


 二人の言葉は確かに届いていた。


 だからこそ困る。


 信じられることに慣れていないから。


「というわけで」


 栞が立ち上がった。


「私たちで調べましょう」


「はい?」


 正義が顔を上げる。


 栞は力強く頷いた。


「封筒がどこへ行ったのか」


「何があったのか」


「私たちで調べます」


「私たち?」


「はい」


 栞は胸を張った。


「私は桜木君の弁護人です」


 正義が固まる。


 すると。


 凪も立ち上がった。


「ほな、うちは副弁護人やな」


「そんな役職ありましたっけ」


「今作った」


 栞が思わず吹き出す。


 正義は頭を抱えた。


「勝手に決めないでください」


「被告人は黙っとれ」


「何でですか」


「被告人やからや」


 意味不明だった。


 だが。


 二人は本気だった。


 本気で自分を信じている。


 本気で助けようとしている。


 その事実だけは伝わってくる。


「まずは藤原さんに話を聞きましょう」


 栞が言う。


「最後に封筒を確認した時間」


「置いていた場所」


「全部整理します」


「現場検証やな」


 凪も頷く。


「探偵みたいや」


「違います」


「探偵や」


「違います」


 そんな二人のやり取りを見ながら。


 正義は小さく息を吐いた。


 どうやら。


 本当に調査を始めるらしい。


 こうして。


 エンジェル部による独自調査が始まった。


 第二公判へ向けて。


 そして真実へ向けて。


 三人は動き出すのだった。

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