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第35話 第一公判

 翌日。


 昼休み。


 二年二組の教室には普段とは違う空気が流れていた。


 昼食を取る生徒はほとんどいない。


 皆が自分の席に座り、どこか落ち着かない様子で教卓を見ている。


 修学旅行代三万円の紛失。


 それは未だ解決していなかった。


 そして。


 教卓の前に一人の男子生徒が立つ。


 二年二組学級委員長。


 菊川柊斗だった。


「みんな聞いてくれ」


 教室が静まる。


「このままじゃ埒が明かない」


「だから昼休みの時間を使って話し合いをしたい」


 菊川は周囲を見回した。


「もちろん犯人探しが目的じゃない」


「事実を整理するためだ」


 誰かが小さく呟く。


「学級裁判だな」


 その言葉に何人かが苦笑した。


 だが。


 誰も否定しなかった。


 気付けばその呼び名が定着していた。


 学級裁判。


 本物の裁判ではない。


 ただの学級会だ。


 それでも教室の空気は異様なほど重かった。


「まず藤原さん」


 菊川が言う。


「昨日のことを説明してくれるか?」


 藤原真央が立ち上がった。


 表情は硬い。


 当然だった。


 三万円をなくした本人なのだから。


「昨日の朝」


 藤原は話し始める。


「修学旅行代の三万円を封筒に入れて持ってきました」


「体育の前に確認した時はありました」


 教室は静まり返っている。


「でも昼休みに見たらなくなっていて……」


 そこまで言って俯く。


「ごめん」


「こんなことになって」


 誰も責めなかった。


 藤原だって被害者なのだ。


「ありがとう」


 菊川が頷く。


「それで確認なんだけど」


「体育の前、最後に教室にいたのは誰だった?」


 一瞬。


 空気が張り詰める。


 そして。


 何人もの視線が一斉に向いた。


 教室後方。


 窓際の席。


 桜木正義。


 正義は面倒そうに顔を上げる。


「僕です」


 教室がざわつく。


「やっぱり」


「そうだったよな」


「覚えてる」


 小さな声が広がる。


「でも」


 一人の男子生徒が言った。


「最後にいたってだけだろ」


「証拠はないじゃん」


 一瞬。


 空気が緩む。


 だが。


 別の生徒が続けた。


「でも可能性はあるよな」


「他に誰もいなかったし」


「それはそうだけど……」


 議論が始まる。


 しかし。


 内容は徐々におかしくなっていった。


「桜木って普段から一人だし」


「何考えてるか分からないんだよな」


「正直ちょっと怖い」


「愛想も良くないし」


 教室のあちこちからそんな声が上がる。


 正義は黙って聞いていた。


 反論しない。


 否定もしない。


 ただ静かに座っている。


 だからこそ。


 周囲は好き勝手なことを言い始めていた。


「それは証拠じゃありません」


 突然。


 凛とした声が響いた。


 教室が静まり返る。


 立ち上がっていたのは竜胆栞だった。


 誰もが驚く。


 栞がこんな強い口調で話すのは初めてだった。


「え……?」


 誰かが戸惑う。


 栞は真っ直ぐ前を見る。


「今皆さんが言ったことは」


「全部ただの印象です」


 静かな声だった。


 だが。


 はっきりと怒っていた。


「一人でいること」


「愛想が良くないこと」


「何を考えているか分からないこと」


「それは証拠ではありません」


 教室が静まり返る。


「でも最後に教室に――」


「最後にいたことは事実です」


 栞は遮った。


「ですが」


「それだけで犯人扱いするのは違います」


 誰も反論できない。


 正論だった。


 菊川も困ったように眉をひそめる。


 本来なら自分が言うべきことだった。


 だが気付けばクラスの空気に流されていた。


 栞は一度深呼吸する。


 そして。


「私は反対です」


 そう言った。


「証拠もないのに桜木君を犯人扱いするのは」


「間違っています」


 教室は完全に静まり返った。


 その姿を見ながら。


 凪は少しだけ笑う。


「珍しく怒っとるな」


 小さく呟く。


 そして。


 正義は初めて顔を上げた。


 目の前には。


 自分のために怒っている栞の姿があった。


 それが少しだけ不思議だった。


 そして少しだけ。


 嬉しかった。


 第一公判は終わらない。


 だが。


 この日。


 二年二組には初めて『弁護側』が現れたのだった。

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