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第34話 疑惑

 修学旅行代の封筒がなくなった日の放課後。


 二年二組の教室には、どこか重苦しい空気が漂っていた。


 昼休みから続いている騒ぎは収まるどころか、ますます大きくなっている。


 藤原真央の修学旅行代三万円。


 未だ見つからず。


 教室のどこにもない。


 誰かが持ち去ったのではないか。


 そんな不安がクラス全体に広がっていた。


「やっぱり桜木じゃないか?」


 誰かが小さく言った。


 その一言をきっかけに、教室のあちこちで声が上がる。


「でも最後に教室にいたんだろ?」


「可能性はあるよな」


「他に誰もいなかったし」


「確かに……」


 最初は小さな疑問だった。


 だが。


 疑惑は少しずつ形を持ち始める。


「でも証拠ないじゃん」


 女子生徒が言った。


「それはそうだけど」


「じゃあ何で否定しないんだよ」


「確かに」


 誰かが頷く。


 そして話はさらに変な方向へ進み始めた。


「桜木って何考えてるか分からないし」


「普段から一人だよな」


「話しかけにくいし」


「なんか怖いんだよな」


 もはや封筒とは関係のない話だった。


 だが本人たちは気付いていない。


 それが偏見だということに。


 教室の後方。


 正義はいつも通り本を読んでいた。


 周囲の会話も聞こえている。


 もちろん。


 自分が疑われていることも分かっていた。


「桜木」


 男子生徒が声を掛ける。


 正義は顔を上げた。


「何ですか」


「本当に知らないんだよな?」


 教室が静かになる。


 視線が集まる。


 正義は数秒考えた。


 そして。


「知りません」


 短く答えた。


 それだけだった。


 言い訳もしない。


 怒りもしない。


 必死に否定もしない。


 だから逆に。


「冷静過ぎない?」


「普通もっと慌てるだろ」


 そんな声まで聞こえてくる。


 正義は小さくため息を吐いた。


「慌てたら封筒が出てくるんですか」


「いや……」


「じゃあ同じでしょう」


 そう言って再び本へ視線を落とす。


 教室は気まずい沈黙に包まれた。


 一方。


 その様子を見ていた栞は眉をひそめる。


 おかしい。


 どうしてそんな話になるのだろう。


 証拠は何もない。


 最後に教室にいた。


 ただそれだけだ。


「日向夏さん」


 栞が小声で呼ぶ。


「ん?」


 凪が振り向く。


「何か変じゃないですか?」


「変やな」


 凪は即答した。


「めちゃくちゃ変や」


 二人とも同じことを思っていた。


 確かに状況は良くない。


 だが。


 それだけで犯人扱いするのは違う。


「日向夏さんは桜木君がやったと思いますか?」


 栞が尋ねる。


 凪は少し考えた。


 そして。


「思わへん」


 はっきり言った。


「何でですか?」


「だってあいつやで?」


 凪は肩を竦める。


「性格はひねくれとる」


「口も悪い」


「愛想もない」


「ひどいですね」


 栞が苦笑する。


「でも泥棒するようなやつちゃう」


 凪は真面目な顔で言った。


「そもそも三万円欲しかったら、もっと上手くやるやろ」


「そこですか?」


「そこや」


 栞は思わず吹き出した。


 だが。


 凪の言いたいことは分かる。


 自分も同じ気持ちだった。


「私もそう思います」


 栞は静かに頷く。


「桜木君はそんなことしません」


 二人は視線を合わせる。


 意見は一致していた。


 教室では今も噂話が続いている。


 疑惑は少しずつ大きくなっていく。


 だが。


 そんな中でも。


 竜胆栞と日向夏凪だけは、桜木正義を疑っていなかった。


 そして翌日。


 その疑惑は『学級裁判』と呼ばれる騒動へ発展していくことになるのだった。

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