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第31話 体育祭

 体育祭当日。


 聖フェリス学園高等学校は朝から熱気に包まれていた。


 グラウンドには色とりどりのテントが並び、生徒たちの歓声が響いている。


 晴天。


 絶好の体育祭日和だった。


「眠い……」


 正義が欠伸をする。


「朝からやる気ないなぁ」


 凪が呆れたように言った。


「まだ始まってませんし」


「始まる前から盛り上がるんや」


「理解できません」


「青春や」


「なおさら理解できません」


 凪が吹き出す。


 一方。


 栞は朝から元気だった。


「楽しみですね!」


「栞は元気やなぁ」


「体育祭好きなんです」


 栞は嬉しそうに笑った。


 その笑顔につられて、凪も少し笑う。


 こうして二年二組の体育祭が始まった。


 午前中は各競技が続いた。


 玉入れ。


 綱引き。


 障害物競走。


 どこを見ても歓声が上がっている。


 そして凪も忙しかった。


「日向夏!」


「得点板お願い!」


「了解や!」


「こっちも手伝って!」


「今行く!」


 選手ではない。


 けれど誰よりも動いていた。


 運営補助。


 得点管理。


 応援。


 クラスの雑務。


 あちこちを走り回っている。


 去年までなら走れないことが悔しかったかもしれない。


 だが今は違う。


「助かった!」


「ありがとう!」


 そんな言葉が素直に嬉しかった。


 自分にも出来ることがある。


 そう思えたからだ。


 昼休みを挟み、午後。


 いよいよ二人三脚の時間がやって来た。


「緊張します」


 栞が言う。


「今さらですか」


 正義は呆れた。


「今さらです」


 栞は真顔だった。


「転んだらどうしましょう」


「起き上がればいいです」


「正論です」


 凪が笑う。


「ほら夫婦」


「違います」


「違います」


 また同時だった。


「息ぴったりやん」


 二人は何も言い返せなかった。


 そして競技開始。


 スタートの合図が鳴る。


「せーの!」


 二人は走り出した。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 練習の成果は確かだった。


 最初の頃のように転ばない。


 呼吸も合っている。


「右!」


「左!」


「右!」


「左!」


 途中で少しよろける。


 だが持ち直す。


 観客席から歓声が飛ぶ。


「頑張れー!」


「桜木ー!」


「竜胆さんー!」


 クラスメイトたちの声だった。


 気付けば。


 二年二組全員が応援している。


 正義は少し驚いた。


 以前なら考えられないことだった。


 そして。


「ゴール!」


 歓声が響く。


 二人は無事に完走した。


「やりました!」


 栞が満面の笑みを浮かべる。


「そうですね」


 正義も少しだけ笑った。


 その瞬間。


「おおおお!」


 二年二組が盛り上がる。


「ナイス!」


「よくやった!」


「転ばなかったな!」


 クラスメイトたちが次々に声を掛けてくる。


 正義は少しだけ居心地が悪そうだった。


 だが。


 嫌ではなかった。


 体育祭は夕方まで続いた。


 結果として二年二組は優勝こそ逃した。


 それでも。


 誰も不満そうな顔はしていない。


 全力でやり切ったからだ。


 閉会式が終わる。


 夕日に染まるグラウンド。


 三人は並んで歩いていた。


「終わったなぁ」


 凪が空を見上げる。


「終わりましたね」


 栞も笑う。


「楽しかったです」


「そうやな」


 凪は頷いた。


 去年とは違う体育祭だった。


 走れなかった。


 リレーにも出なかった。


 それでも。


 楽しかった。


 本当に。


「正義は?」


 凪が聞く。


「別に」


 いつもの返事だった。


「絶対楽しかったやろ」


「どうでしょう」


「楽しかったんですね」


 栞が笑う。


 正義は何も答えない。


 だが。


 二人には分かっていた。


 少なくとも少し前の桜木正義なら、こんな顔はしていなかった。


 夕焼けが三人を照らしている。


 騒がしくて。


 慌ただしくて。


 少しだけ眩しい一日。


 それでも。


 三人にとって忘れられない体育祭になったことだけは間違いなかった。


 青春は、まだ始まったばかりだった。

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