表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
32/159

第30話 体育祭前日

 体育祭前日。


 聖フェリス学園高等学校は朝から慌ただしかった。


 グラウンドではテントの設営が進み、校舎には各クラスの応援旗が飾られている。


 実行委員たちは忙しそうに走り回り、先生たちも準備に追われていた。


 学園全体が、明日の本番へ向けて動き出している。


 二年二組も例外ではなかった。


「その机こっちな!」


「旗持ってきて!」


「テープ足りない!」


 教室のあちこちから声が飛ぶ。


 だが、少し前までのようなまとまりのない空気はない。


 体育祭の準備を重ねるうちに、クラスは少しずつ一つになり始めていた。


「桜木」


 男子生徒が声を掛ける。


「これ運ぶの手伝ってくれ」


「嫌です」


「即答かよ」


 教室に笑いが起きた。


「手伝いますよ」


 正義は立ち上がる。


「どっちなんだよ」


「聞かれたことに答えただけです」


「面倒くさいな!」


 再び笑い声が広がった。


 以前なら、こんな風に話し掛けられることはなかった。


 リレー騒動以降、良くも悪くも正義はクラスの中で存在感を持つようになっていた。


 本人だけが、そのことに気付いていない。


「凪ー!」


 今度は女子生徒が手を振った。


「こっち手伝って!」


「了解や!」


 凪は元気よく返事をする。


 体育祭の選手ではない。


 リレーにも出ない。


 それでも彼女は誰よりも忙しく動いていた。


 道具運び。


 応援旗作り。


 得点板の準備。


 人手が足りない場所を見つけては手伝いに向かう。


「日向夏さん」


 栞が近付いてきた。


「お疲れ様です」


「栞もな」


 凪は笑う。


「頑張っとるやん」


「みんな頑張ってますよ」


 栞も微笑んだ。


 凪はふとグラウンドへ視線を向ける。


 去年までなら、自分は走る側だった。


 リレーの練習をしていた。


 大会を目指していた。


 それが当たり前の日常だった。


 今は違う。


 少しだけ寂しい。


 それは本音だった。


 けれど、不思議と辛くはなかった。


 走れなくても、自分に出来ることがある。


 そう思えるようになっていたからだ。


「どうしました?」


 栞が尋ねる。


「いや」


 凪は小さく笑った。


「何でもない」


 本当に何でもなかった。


 少なくとも、以前のような苦しさはもうない。


 準備が終わる頃には、空は夕焼け色に染まっていた。


 生徒たちは次々と帰っていく。


 そんな中、三人はグラウンドの端に並んで立っていた。


「終わったなぁ」


 凪が空を見上げる。


「ですね」


 栞も頷いた。


 夕日に照らされたグラウンド。


 明日のために引かれた白線。


 整然と並ぶテント。


 昼間の喧騒が嘘のような静けさだった。


「いよいよ明日ですね」


 栞が言う。


「楽しみです」


「栞はそうやろな」


 凪が苦笑する。


「正義は?」


「別に」


「出た」


 いつもの返事だった。


 だが、凪も栞も知っている。


 本当に興味がないわけではないことを。


 少なくとも少し前の正義なら、放課後まで残ってクラスの準備を手伝うことなどなかった。


 エンジェル部に顔を出すこともなかった。


「何ですか」


 二人の視線に気付いた正義が尋ねる。


「いや」


「何でもないです」


 栞が笑う。


 凪もつられて笑った。


 正義だけが納得していない顔をしている。


 風が静かに吹いた。


 夕焼けが三人を優しく照らしている。


 明日は体育祭。


 色々なことがあった。


 リレーの騒動もあった。


 喧嘩もした。


 仲直りもした。


 けれど今は、こうして並んでいる。


 それだけで十分だった。


「明日は楽しもうな」


 凪が言う。


「そうですね」


 栞が頷く。


 正義は少しだけ考えた。


 そして。


「まあ」


 小さく答える。


 それだけだった。


 だが。


 二人はなぜか嬉しそうに笑った。


 夕焼け色のグラウンドに、三人の影が長く伸びている。


 体育祭は、もう目の前まで迫っていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ