第29話 特訓
体育祭まで残り数日。
放課後のグラウンドでは、二年二組の生徒たちがそれぞれ練習に励んでいた。
その一角。
二人三脚の練習を続ける正義と栞の姿があった。
「右」
「左」
「右」
「左」
息を合わせながら進む。
最初に比べれば随分上達していた。
十歩も進めなかった二人が、今ではグラウンドの半分ほどを転ばずに歩けるようになっている。
「いい感じですね」
栞が嬉しそうに言った。
「そうですか」
「そうですよ」
その時だった。
「そこまでー!」
聞き慣れた関西弁が飛んでくる。
日向夏凪だった。
なぜか腕を組み、偉そうに立っている。
「何してるんですか」
正義が聞く。
「監督や」
「誰が決めたんですか」
「ウチや」
凪は胸を張った。
全く威張れることではない。
「二人とも動きは悪くない」
「せやけど、まだ足りへん」
「何がですか」
栞が首を傾げる。
凪は真面目な顔で言った。
「愛や」
沈黙。
「帰っていいですか」
「待て」
即座に止められた。
「夫婦みたいな息の合わせ方が必要なんや」
「夫婦?」
栞の顔が一瞬で赤くなる。
「な、何言ってるんですか!」
「二人三脚やろ?」
「夫婦みたいなもんやん」
「違います!」
栞は大慌てだった。
凪は面白そうに笑っている。
正義は呆れたようにため息を吐いた。
だが。
その時だった。
不意に栞と目が合う。
「……」
「……」
栞が慌てて視線を逸らした。
正義も何となく目を逸らす。
妙に意識してしまった。
夫婦。
そんな言葉を聞いたせいだろうか。
改めて栞を見る。
長い黒髪。
夕日に照らされる濡烏のような艶。
整った横顔。
笑うと柔らかくなる目元。
それに――
色艶のある唇。
「……」
正義は固まった。
待て。
僕は何を考えている。
慌てて視線を逸らす。
心臓が少しうるさい。
意味が分からない。
今までそんなこと考えたこともなかった。
「桜木君?」
栞が不思議そうに声を掛ける。
「どうしました?」
「いえ」
正義は即座に首を振る。
「何でもありません」
「そうですか?」
栞は首を傾げる。
一方。
栞の方も落ち着かなかった。
夫婦。
凪に言われた一言が頭から離れない。
今までは何とも思わなかった。
ただのクラスメイト。
ただの部員。
そう思っていた。
なのに。
意識してしまう。
隣にいる正義を。
真面目な横顔を。
不器用だけど優しいところを。
気付けば見てしまう。
「栞?」
凪がニヤニヤしながら覗き込む。
「な、何ですか!」
「顔赤いで」
「赤くありません!」
「赤いな」
「赤いですね」
正義まで頷いた。
「桜木君!?」
栞がさらに慌てる。
凪は腹を抱えて笑った。
「おもろいなぁ」
「他人事だと思って……」
栞は頬を押さえた。
夕日が差し込むグラウンド。
体育祭の準備は続いていく。
二人三脚も。
エンジェル部も。
そして。
まだ誰も気付いていない小さな変化も。
少しずつ進み始めていたのだった。




