第28話 二人三脚
体育祭まで残り一週間。
二年二組では各競技の最終調整が行われていた。
ほとんどの種目は既に決まっている。
だが、一つだけ残っていた。
二人三脚だった。
「まだ決まってない人いるか?」
学級委員が名簿を確認する。
数人の生徒が手を挙げた。
その中には桜木正義と竜胆栞の名前もあった。
「人数ちょうどだな」
「じゃあ、くじ引きで決めるか」
異論は出なかった。
公平だからだ。
正義も興味なさそうに紙を引く。
栞も同じように紙を引いた。
そして結果発表。
「じゃあ読むぞ」
学級委員が紙を見ながら名前を読み上げていく。
ペアが次々と決まっていく。
そして。
「桜木と竜胆」
一瞬。
教室が静まり返った。
正義は顔を上げる。
次の瞬間だった。
「マジかよ!」
「うらやましい!」
「桜木、運良すぎだろ!」
男子生徒たちが一斉に騒ぎ出した。
正義は意味が分からない。
「何ですか」
「何ですかじゃねえよ!」
「竜胆さんだぞ!」
「うらやまし過ぎる!」
好き勝手な声が飛ぶ。
すると別の男子も続く。
「可愛いし」
「優しいし」
「成績良いし」
「誰にでも親切だし」
「クラスで一番当たりだろ!」
教室中が妙に盛り上がっていた。
女子生徒たちも笑っている。
「まあ、竜胆さん人気あるもんね」
「分かる」
「安心感あるし」
「一緒の競技なら嬉しいかも」
どうやら男子だけの意見ではないらしい。
栞はきょとんとしていた。
「そうなんですか?」
「そうなんです!」
男子たちが力強く頷く。
栞は困ったように笑った。
「そんな大した人じゃないですよ」
「その台詞が言えるのが竜胆さんなんだよな……」
誰かが呟く。
教室に笑いが広がった。
一方。
正義だけは理解できなかった。
「よろしくお願いします」
栞が頭を下げる。
「よろしくお願いします」
正義も反射的に頭を下げた。
こうして二人三脚のペアが正式に決定した。
放課後。
早速グラウンドで練習が始まる。
「右ですね」
栞が言う。
「分かってます」
正義が答える。
二人は足を結んだ。
「せーの」
一歩。
二歩。
三歩。
四歩目で盛大に転んだ。
「きゃっ!」
栞が尻もちをつく。
正義も慌てて踏ん張った。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
栞は笑った。
その笑顔に焦りはない。
むしろ少し楽しそうだった。
「息合ってませんね」
「そうですね」
「他人事みたいに言いますね」
「他人事じゃありませんよ」
再挑戦。
「せーの」
一歩。
二歩。
三歩。
今度は五歩目で転んだ。
「進歩です!」
栞が嬉しそうに言う。
「一歩だけです」
「一歩でも進歩です」
前向きだった。
正義には理解できない。
だが嫌ではなかった。
何度も転ぶ。
何度もやり直す。
時々揉める。
「今右って言いましたよね」
「左です」
「どっちですか」
「左です」
「最初からそう言ってください」
「言いました」
「聞いてません」
全く息が合わない。
それでも。
「せーの」
一歩。
二歩。
三歩。
四歩。
五歩。
十歩。
今度は転ばなかった。
「やりました!」
栞が嬉しそうに声を上げる。
「まだ十歩です」
「でも最初は四歩でした」
確かにそうだった。
少しずつ。
本当に少しずつだが。
二人の呼吸は合い始めている。
その様子を見ていた凪が吹き出した。
「何や」
「ちょっと夫婦みたいやな」
「違います」
「違います」
二人同時だった。
一瞬。
三人とも固まる。
そして。
凪が腹を抱えて笑い出した。
「めっちゃ息合っとるやん!」
グラウンドに笑い声が響く。
夕日に照らされた校庭。
体育祭の準備は続いていく。
そして。
転んで。
揉めて。
笑って。
そんな時間の中で。
桜木正義と竜胆栞の距離もまた、少しずつ縮まり始めていたのだった。




