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第27話 嫌われ者

 リレー騒動が終わって数日。


 二年二組では、ある噂が広がっていた。


「桜木ってちょっと怖くない?」


「この前も急に口挟んでたしな」


「言ってることは分かるけどさ」


「なんか感じ悪かったよな」


 休み時間。


 そんな声が聞こえてくる。


 もちろん大声ではない。


 本人に聞かせるつもりもないのだろう。


 だが。


 噂というものは勝手に広がる。


 特に正義は元々クラスで目立つタイプではなかった。


 友達も少ない。


 休み時間は本を読んでいるか寝ているか。


 近寄り難い印象を持たれている。


 だから今回の件で、余計に悪目立ちしてしまったのだ。


 一方。


 当の本人は――


 全く気にしていなかった。


 昼休み。


 窓際の席。


 正義はいつも通り本を読んでいた。


 表情も変わらない。


 態度も変わらない。


 普段通りだった。


「なあ」


 隣の席へ凪が腰を下ろす。


「何ですか」


「何ですかやない」


 凪は呆れた顔をした。


「噂聞いとるやろ」


「聞いてます」


「気にならへんの?」


「別に」


 即答だった。


 凪は頭を抱える。


「普通ちょっとは気にするやろ」


「そうですか」


「そうや」


 正義はページをめくる。


「事実じゃないですし」


「だから?」


「なら気にする意味ないでしょう」


 あまりにも正義らしい答えだった。


 凪は思わずため息を吐く。


「ほんま面倒臭い性格しとるな」


「よく言われます」


 全く気にしていない。


 だが。


 だからこそ余計に納得できなかった。


 元を辿れば自分の問題だった。


 正義は自分を助けただけだ。


 なのに。


 悪く言われている。


「納得いかんわ」


 凪が小さく呟く。


 その時だった。


「私もです」


 前の席から栞が振り返った。


 珍しく不満そうな顔をしている。


 正義は少し驚いた。


「竜胆?」


「正義君は間違ったことを言ってません」


 栞は真っ直ぐ言った。


「日向夏さんが困っていることに気付いて」


「ちゃんと声を上げてくれたじゃないですか」


「それは凄いことだと思います」


 正義は少しだけ視線を逸らした。


 褒められるのは苦手だった。


「そうや」


 凪も頷く。


「正直な」


「めっちゃ腹立ったで」


「腹立ったんですか」


「勝手なことしやがって思った」


 正義は少しだけ眉をひそめる。


 だが。


 凪は続けた。


「でも助かったんも本音や」


 その声は真剣だった。


「一人やったら断れへんかった」


 正義は黙る。


 あの日の教室を思い出していた。


 期待。


 応援。


 善意。


 だからこそ断れない空気。


 凪は確かに追い詰められていた。


「だから」


 凪は少し照れ臭そうに笑った。


「ありがとな」


 正義はしばらく何も言わなかった。


 そして。


「別に」


 いつもの返事をする。


 だが。


 それだけでは終わらなかった。


「どういたしまして」


 小さく付け加える。


 一瞬。


 栞と凪が固まった。


「今お礼言われたから返事した?」


「返事しましたね」


「珍しっ!」


 二人が同時に言う。


 教室に笑い声が響いた。


 正義はため息を吐く。


 だが。


 少しだけ口元が緩んでいた。


 クラスの評価は相変わらずだった。


 感じが悪い。


 怖い。


 近寄り難い。


 そんな噂も消えてはいない。


 それでも。


 少なくとも二人だけは知っていた。


 桜木正義が誰かを助けるために動いたことを。


 不器用で。


 口が悪くて。


 面倒臭いけれど。


 本当は誰かを見捨てられない人間だということを。


 そして。


 そんな桜木正義を。


 竜胆栞と日向夏凪は、少しずつ理解し始めていたのだった。

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