第23話 余計なお世話
放課後。
教室の空気はどこか気まずかった。
ホームルームでの出来事があったからだ。
正義が突然口を挟み、
凪がリレーを断った。
大きな騒ぎにはならなかった。
だが、何もなかったことにもなっていない。
クラスメイト達も、どこかぎこちない。
そんな空気のまま。
正義は一人で教室を出た。
エンジェル部の部室へ向かう。
その途中だった。
「桜木」
後ろから声が飛んできた。
振り返る。
凪だった。
表情は硬い。
笑っていない。
「何ですか」
「ちょっと来い」
有無を言わせない口調だった。
正義は小さくため息を吐く。
そして黙って後をついていった。
案内されたのは旧校舎裏。
人気の少ない場所だった。
凪は立ち止まる。
数秒の沈黙。
そして。
「何であんなことしたん?」
真っ直ぐ聞いた。
正義は答える。
「見ていられなかったので」
「それや」
凪の声が強くなる。
「それが余計なお世話やねん」
正義は黙る。
凪は続けた。
「助かったで」
「正直、助かった」
小さく笑う。
だが次の瞬間。
笑顔は消えた。
「でもな」
「勝手に言うなや」
声が震えていた。
「何で皆の前で言うん」
「何で勝手に決めるん」
「何で踏み込んでくるん」
ずっと抑えていた感情だった。
苦しかった。
怖かった。
助かった。
だから余計に腹が立つ。
「私はな」
凪は拳を握る。
「自分で何とかしよう思っとったんや」
「どうやってですか」
正義が言った。
凪が言葉に詰まる。
「それは……」
「無理だったでしょう」
静かな声だった。
「断れなかったでしょう」
「……」
「今日も引き受けるつもりだった」
凪は反論できない。
その通りだったからだ。
「だから止めました」
「だからって!」
凪が叫ぶ。
「だからって勝手に決めるな!」
初めてだった。
ここまで感情をぶつける凪を見るのは。
「私にも意地があるんや!」
声が響く。
「情けないとこ見せたないんや!」
人気者。
明るい日向夏凪。
皆が知っている自分。
その姿を守りたかった。
弱い自分を見せたくなかった。
それなのに。
正義は全部壊してしまった。
「……そうですか」
正義は小さく言った。
「そうや」
凪は睨む。
「余計なお世話や」
しばらく沈黙が続いた。
風が吹く。
木々が揺れる。
やがて。
正義が口を開いた。
「じゃあ聞きますけど」
「何や」
「今朝」
正義は真っ直ぐ凪を見る。
「泣きそうな顔してたのは誰ですか」
凪が固まる。
「教室で」
「笑いながら困ってたのは誰ですか」
「……」
「助けてほしそうだったのは誰ですか」
返せない。
返せなかった。
「僕は」
正義は続ける。
「嫌がってる人を見て見ぬふりする方が嫌です」
凪は唇を噛む。
「だから口を出した」
「それだけです」
正義らしい言葉だった。
不器用で。
真っ直ぐで。
空気を読まない。
けれど嘘はない。
凪は視線を逸らした。
怒っている。
でも。
全部が間違いとも思えない。
それが余計に腹立たしかった。
「……アホ」
ぽつりと呟く。
「よく言われます」
即答だった。
凪は思わず吹き出しそうになる。
だが必死で堪えた。
「まだ許してへんからな」
「そうですか」
「そうや」
正義は肩を竦める。
それ以上何も言わなかった。
夕日が校舎を赤く染めている。
二人の間にはまだわだかまりが残っていた。
だが。
初めて本音をぶつけ合ったことで、
ほんの少しだけ。
互いの距離も変わり始めていた。




