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第22話 本人が嫌がってるだろ

 翌日。


 二年二組のホームルーム。


 体育祭の種目決めも、いよいよ最終段階を迎えていた。


「それじゃあ最後にリレーだな」


 担任の松田が言う。


 教室の空気が少しだけ変わった。


 誰もが答えを知っている。


 そんな雰囲気だった。


「アンカーは日向夏だろ」


「異議なし」


「決まりじゃん」


「一番速いし」


 あちこちから声が上がる。


 凪は俯いた。


 予想通りだった。


 誰も悪くない。


 誰も意地悪をしているわけではない。


 ただ期待しているだけだ。


 だから苦しい。


「日向夏」


 松田が笑う。


「頼めるか?」


 教室中の視線が集まる。


 期待。


 信頼。


 応援。


 その全てが重かった。


「頑張れよ」


「優勝頼むぞ」


「去年も速かったしな」


「お前しかいないって」


 次々に声が飛ぶ。


 逃げ道がなくなっていく。


 断れば空気が悪くなる。


 期待を裏切ることになる。


 そんなことばかりが頭をよぎる。


 凪は拳を握った。


 本当は無理だ。


 本当は走れない。


 でも。


 言えない。


 今さら病気のことなんて。


 クラス全員の前で。


「日向夏?」


 松田がもう一度尋ねる。


「どうする?」


 凪はゆっくり顔を上げた。


 そして。


 無理やり笑った。


「まあ――」


 引き受けようとした。


 その時だった。


「ちょっと待ってください」


 静かな声が響く。


 一瞬で教室が静まり返った。


 全員が振り返る。


 桜木正義だった。


 凪の目が見開かれる。


 栞も驚いていた。


 松田ですら意外そうな顔をしている。


 正義が自分から発言することなど滅多にない。


「桜木?」


 松田が首を傾げる。


 正義は立ち上がった。


 そして教室を見渡す。


「本人が嫌がってるだろ」


 静かな声だった。


 だが。


 教室は完全に凍り付いた。


「え?」


 誰かが呟く。


「ずっと困ってるじゃないですか」


 正義は続ける。


「見てれば分かるでしょう」


 クラスメイト達が顔を見合わせる。


 そんなつもりはなかった。


 皆そう思っていた。


 ただ。


 日向夏ならやってくれると思っていただけだ。


「でも日向夏、速いし」


 一人の男子が言う。


「元陸上部だし」


「だから何ですか」


 正義は即座に返した。


 教室の空気が張り詰める。


「速ければやらなきゃいけないんですか」


「元陸上部なら断れないんですか」


「……」


「本人の気持ちは聞いたんですか」


 誰も答えられない。


 正義は凪を見る。


「日向夏」


 真っ直ぐな声だった。


「嫌なんですか」


 教室中の視線が集まる。


 逃げ場はない。


 凪は俯いた。


 沈黙が続く。


 長い沈黙だった。


 やがて。


「……困っとった」


 小さな声が漏れた。


 静まり返った教室には十分聞こえる声だった。


「ちょっと困っとった」


 その言葉に。


 教室の空気が変わる。


 誰も知らなかった。


 日向夏凪がそんな風に悩んでいたことを。


 そんな風に困っていたことを。


「そっか……」


 誰かが呟く。


「ごめん」


 別の誰かが言った。


「嫌だと思ってなかった」


 責める声はなかった。


 ただ戸惑いだけが広がっていく。


 松田も小さく頷いた。


「そうか」


「なら改めて考えよう」


 その一言で。


 リレーの話はいったん白紙になった。


 凪は小さく息を吐く。


 助かった。


 本当に助かった。


 だが同時に。


 胸の奥には別の感情もあった。


 余計なことをしやがって。


 勝手に踏み込むな。


 そんな感情だった。


 正義は何も言わない。


 ただ静かに席へ座る。


 だが。


 二人の間には今までとは違う空気が流れ始めていた。


 それは放課後。


 初めての本気の衝突へと繋がっていくのだった。

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