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第14話 中間テスト開始

 中間テスト初日。


 二年二組の教室には、いつもとは違う空気が流れていた。


 机の上には筆記用具だけ。


 教科書もノートも鞄の中だ。


 普段は騒がしいクラスメイトたちも、今日ばかりは静かだった。


 最後の確認をする者。


 参考書を睨み付ける者。


 既に諦めた顔をしている者。


 反応は様々である。


 そんな中。


 一人だけ明らかに様子がおかしい生徒がいた。


 日向夏凪である。


「終わった……」


 朝から三回目だった。


「人生終わった……」


「まだ始まってもいませんよ」


 前の席から栞が振り返る。


 だが凪は机へ突っ伏したままだ。


「補習確定や……」


「夏休み終わった……」


「まだ六月です」


「細かいことはええねん……」


 全然良くなかった。


 窓際の席に座る正義は、そんな二人を眺めながらため息を吐く。


「うるさいですね」


「人が絶望しとるんやぞ!」


「自業自得です」


「正論禁止!」


 凪が勢いよく顔を上げる。


 周囲の生徒が笑った。


 すっかりいつもの光景になっている。


「日向夏」


 近くの席の男子生徒が声を掛ける。


「そんなにやばいの?」


「やばい」


 凪は真顔で答えた。


「去年のウチなら確実に死んどる」


「今は?」


「半死半生や」


「どっちやねん」


 教室に笑いが起きる。


 だが本人は本気だった。


 ここ数週間。


 本当に頑張ったのだ。


 放課後の勉強会。


 大量の問題集。


 正義による容赦ない解説。


 栞による優しい追い込み。


 思い出すだけで泣けてくる。


「大丈夫ですよ」


 栞が微笑む。


「日向夏さん、ちゃんと勉強しましたから」


「そうやろか……」


「そうですよ」


「竜胆の言葉だけが救いや……」


 凪は遠い目をした。


 一方。


 栞は落ち着いていた。


 緊張している様子はない。


 いつも通りだった。


「栞は余裕そうやな」


「いつも通りです」


「優等生怖い」


「普通ですよ」


「普通ちゃう」


 凪は即答した。


 そして今度は正義を見る。


「桜木は?」


「何ですか」


「緊張せえへんの?」


「しません」


「即答やな」


 正義は肩を竦める。


「テストは嫌いですが」


「問題を解くだけです」


「腹立つわぁ」


 凪は頭を抱えた。


 同じクラスなのに生きている世界が違う気がする。


 そんなことをしているうちにホームルームが始まった。


 担任の松田が教室へ入ってくる。


「よし」


「中間テストだ」


 教室全体から重たい空気が漂った。


 松田は満足そうに頷く。


「諦めろ」


「先生が言うことじゃないやろ!」


 凪が即座に突っ込む。


 教室が笑いに包まれた。


 松田は腕を組む。


「元気そうで何よりだ」


「良くない!」


 そんなやり取りの後。


 試験用紙が配られていく。


 凪の心臓がうるさい。


 補習。


 赤点。


 追試。


 嫌な単語ばかりが頭をよぎる。


 やがて。


 先生の声が響いた。


「始め」


 試験開始。


 凪は恐る恐る問題用紙をめくる。


 そして。


「あ……」


 思わず目を見開いた。


 見覚えがある。


 勉強会でやった問題だ。


 正義に何度も解かされた問題。


 栞と一緒に復習した問題。


 ちゃんと覚えている。


「これ……」


 凪は慌てて解答欄を埋めていく。


 解ける。


 全部ではない。


 分からない問題もある。


 だが。


 以前とは違った。


 問題を見ても頭が真っ白にならない。


 何を使えばいいか分かる。


 どこから考えればいいか分かる。


 勉強したことがちゃんと残っていた。


 凪は必死にペンを走らせる。


 教室は静かだった。


 紙をめくる音。


 ペンが走る音。


 それだけが響いている。


 ふと前を見る。


 栞は落ち着いた表情で問題を解いていた。


 迷いがない。


 いつも通りだった。


 横を見る。


 正義は無表情のままペンを動かしている。


 まるで散歩でもしているかのような顔だった。


「腹立つ……」


 小さく呟く。


 だが。


 その姿を見ていると少しだけ安心した。


 負けていられない。


 凪は再び問題へ向き直る。


 そして。


 試験終了のチャイムが鳴った。


「そこまで」


 先生の声が響く。


 凪は大きく息を吐いた。


「終わった……」


 今度は本当に終わった。


 だが昨日とは違う。


 絶望ではなかった。


 少なくとも。


 何も分からないまま終わったわけではない。


 ちゃんと解けた問題があった。


 勉強した意味があった。


 そんな手応えがあった。


 凪は答案用紙を提出しながら、小さく拳を握る。


 まだ一日目。


 テストは続く。


 それでも。


 ほんの少しだけ。


 補習回避への希望が見えていた。

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