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第13話 テスト前夜

 中間テスト前日。


 エンジェル部の部室には、どこか重たい空気が漂っていた。


 原因は一人しかいない。


 日向夏凪である。


「終わった……」


 凪が机へ突っ伏した。


「人生終わった……」


「まだ始まってもいませんよ」


 栞が苦笑する。


 しかし凪は顔を上げない。


「補習確定や……」


「夏休み終わった……」


「まだ夏休み前です」


「細かいことはええねん……」


 全然良くなかった。


 正義は問題集から顔を上げる。


「うるさいですね」


「人が絶望しとるんやぞ!」


「自業自得です」


「正論禁止!」


 凪が机を叩いた。


 だが勢いはない。


 完全に弱っていた。


 ここ数週間。


 凪は本当によく頑張った。


 放課後は毎日のように勉強会。


 苦手な数学。


 嫌いな英語。


 見たくもない古文。


 何度も投げ出しそうになりながら、それでも逃げなかった。


 だからこそ。


 明日のテストが怖いのだろう。


「大丈夫ですよ」


 栞が優しく言う。


「日向夏さん、ちゃんと頑張りましたから」


「そうやろか……」


「そうですよ」


 栞は微笑んだ。


「最初は一次方程式も怪しかったですし」


「褒めてる?」


「褒めてます」


「褒められてる気せえへん」


 凪が不満そうに頬を膨らませる。


 正義はため息を吐いた。


「少なくとも」


「最初よりはマシです」


 凪の顔が少しだけ上がる。


「それって褒めてる?」


「事実です」


「どっちやねん」


 相変わらずだった。


 だが凪は少しだけ安心したように笑った。


 正義は口が悪い。


 しかし嘘は言わない。


 だからこそ、その言葉には妙な説得力があった。


「でも怖いわぁ……」


 凪は天井を見上げる。


「赤点取ったらどうしよう」


「補習なったらどうしよう」


「留年したらどうしよう」


「飛躍し過ぎです」


 正義が即座に突っ込む。


「お前も留年寸前やろ!」


「僕はテストで困ってません」


「腹立つ!」


 凪が叫ぶ。


 栞は堪え切れず吹き出した。


 そんな他愛もないやり取りを続けながら、時計の針は少しずつ進んでいく。


 やがて窓の外は夕焼け色に染まり始めていた。


「今日はこのくらいにしましょうか」


 栞が言う。


 最後の勉強会が終わった。


 凪は問題集を鞄へしまう。


 そして立ち上がった。


 だが帰ろうとはしない。


 何かを迷っているようだった。


「どうしたんですか?」


 栞が尋ねる。


 凪は少しだけ頭を掻く。


 それから。


 二人の前へ立った。


「なあ」


「はい?」


 凪は一度深呼吸した。


 そして。


 ぺこりと頭を下げる。


「ありがとう」


 部室が静かになった。


「ここまで付き合ってくれて」


「ほんまにありがとう」


 真面目な声だった。


 いつもの冗談交じりではない。


 心からの言葉だった。


 栞は目を丸くする。


 正義も少しだけ驚いていた。


「最初はな」


 凪は顔を上げる。


「補習回避できたらそれでええ思っとったんや」


 苦笑する。


「でも」


「勉強会、結構楽しかった」


 その言葉に栞が嬉しそうに笑った。


「私も楽しかったですよ」


「二人がおらんかったら」


 凪は続ける。


「絶対途中で逃げとったと思う」


「そんなことありません」


「ある」


 凪は即答した。


「ウチ、自分のことやから分かる」


 そして。


 正義を見る。


「正義も」


「何ですか」


「ありがとな」


 正義は少しだけ考えた。


 それから肩を竦める。


「別に」


 いつもの返事だった。


 だが凪は笑った。


 それが正義らしいと思った。


「明日」


 凪が拳を握る。


「頑張ってくるわ」


「頑張ってください」


 栞が微笑む。


「落ち着いて解けば大丈夫です」


「分かる問題から解けば何とかなります」


 正義も言った。


 凪は目を瞬かせる。


 そして。


 にっと笑った。


「おう!」


 元気な返事が部室へ響く。


 三人は鞄を持ち、部室を出る。


 校舎の窓は夕日に染まり、廊下には長い影が伸びていた。


 明日から始まる中間テスト。


 不安はある。


 怖さもある。


 それでも。


 凪は一人ではなかった。


 応援してくれる仲間がいる。


 それだけで少しだけ勇気が湧いてくる。


 こうして。


 三人での最後の勉強会は終わった。


 明日はいよいよ中間テスト。


 努力の成果が試される日だった。


 そして凪にとっては――


 補習回避を懸けた運命の戦いの始まりでもあった。

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