第155話 認める
書斎。
重い沈黙が流れていた。
正宗は静かに栞を見つめる。
「話は、それだけか」
栞は父を真っ直ぐ見つめ返した。
「いいえ」
「私は――」
「エンジェル部を続けたいです」
正宗の表情は変わらない。
「何度も言わせるな」
「エンジェル部の活動は子どもの遊びだ」
「地域貢献も、奉仕活動も結構」
「だが、それは今のお前がやるべきことではない」
「時間の無駄だ」
「お前に、人のことまで気を配る余裕があるのか」
「自分自身の課題すら、まだ乗り越えられていないだろう」
「真理亜にも及ばない」
「それが現実だ」
「来年は受験だ」
「勉強はちゃんとやっているのか」
「お前はいずれ竜胆グループへ入る」
「もちろん、私はお前を特別扱いするつもりはない」
「社員は、お前を社長の娘として見る」
「その時、お前は竜胆グループの一員として胸を張れるだけの実力があるのか」
一呼吸置く。
「現実を見なさい」
静かな書斎に父の声だけが響く。
栞は俯かない。
逃げない。
真っ直ぐ父を見つめた。
「それでも」
「私は続けたいです」
正宗は黙ったまま栞を見つめる。
栞は一歩前へ踏み出した。
「必ず志望校へ合格します」
「学校の成績も落としません」
「竜胆グループへ入るための努力も続けます」
「全部やります」
「だから」
「だから……!」
栞は深く頭を下げた。
「エンジェル部を続けることを認めてください!」
書斎は静まり返る。
時計の針だけが静かに時を刻んでいた。
長い沈黙。
やがて。
正宗はゆっくりと目を閉じた。
「……今日は違うな」
栞は顔を上げる。
「今までのお前は」
「私の顔色ばかり見ていた」
「だから心配だった」
「自分で決断できない人間になるのではないか、と」
正宗は静かに栞を見つめる。
「だが今日は違う」
「初めて、自分の意思で私に反対した」
「それなら十分だ」
小さく頷く。
「立派になったな」
その一言だった。
栞の瞳から、大粒の涙が溢れ出す。
「……ありがとうございます」
何度も頭を下げる栞。
正宗はそんな娘を静かに見つめる。
そして、父として最後の言葉を告げた。
「ただし」
栞は姿勢を正す。
「もし、学業がおろそかになったり」
「成績が落ちたり」
「志望校へ合格できなかったり」
「竜胆グループへ入るための努力を怠った時は」
「その時は分かっているな」
栞は力強く頷いた。
「はい!」
「必ず約束を守ります!」
正宗は満足そうに小さく頷く。
「ならば行きなさい」
「お前が、自分で選んだ道を」
栞はもう一度、深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「お父様」
その笑顔は、今までで一番晴れやかだった。




