第148話 本当の気持ち
翌日。
放課後。
正義と凪は重い足取りで校門を出た。
昨日、栞から渡された退部届。
あの笑顔が、どうしても頭から離れない。
「納得できへん……」
凪がぽつりと呟く。
正義も静かに頷いた。
「ああ」
「あれは栞の本心じゃない」
その時だった。
一台の黒い高級セダンが、二人の前へ静かに停車した。
運転席から黒いスーツ姿の男性が降り、一礼する。
「桜木様、日向夏様でいらっしゃいますか」
二人は顔を見合わせた。
「……はい」
「真理亜お嬢様がお待ちです」
後部座席のドアが開く。
そこには竜胆真理亜が座っていた。
「正義さん、凪さん」
「少し、お時間をいただけませんか」
真理亜の真剣な表情を見て、二人は静かに頷いた。
高級セダンは市内の高級ホテルへ到着する。
三人は最上階のラウンジへ案内された。
大きな窓から街並みが一望できる。
落ち着いた音楽が流れ、上品な空気が漂っていた。
席へ着くと、真理亜は穏やかに微笑む。
「どうぞ、お好きなものをご注文ください」
二人はメニューを開く。
「……」
「……」
凪が小声で正義へ耳打ちした。
「正義……」
「何だ」
「どれも高い」
「ジュース一杯二千円するで」
正義も思わず目を見開く。
「本当だ……」
「これ、一食分じゃないか」
凪は恐る恐る真理亜を見る。
「あの……」
「コンビニのお茶とか、ありません?」
一瞬の静寂。
真理亜は思わず吹き出した。
「ふふっ」
「大丈夫ですよ」
「今日は私がご招待します」
凪は正義へ小さく囁く。
「……遠慮なくいこか」
「いや、お前はもう少し遠慮しろ」
三人は少しだけ笑った。
しかし。
飲み物が運ばれ、店員が席を離れると、真理亜の表情は静かに引き締まる。
「今日は……栞のことで、お話があります」
二人も自然と表情を引き締めた。
「私は実家で暮らしています」
「昨日、お母様から聞きました」
「昨夜、お父様が栞へ電話をして、エンジェル部を辞めるよう命じたそうです」
正義と凪は息を呑む。
真理亜は静かに紅茶へ視線を落とした。
「エンジェル部へ入ってからの栞は、今までとはまるで別人でした」
「夏祭りの時です」
「私は栞に尋ねたんです」
『今は楽しい?』
真理亜は懐かしそうに微笑んだ。
「その時の栞は、本当に嬉しそうでした」
「地域清掃のこと」
「ボランティア活動のこと」
「正義さんや凪さんと過ごす毎日のこと」
「本当に楽しそうに話してくれたんです」
「私は、その姿を見て安心しました」
「ようやく栞が、自分らしく笑える居場所を見つけられたんだって」
しかし、その笑顔はゆっくりと曇る。
「でも……」
「私は、お父様に何も言えませんでした」
「昔から、お父様は私と栞を比べて育ててきました」
「その度に栞は、自分の気持ちを押し殺す子になってしまったんです」
真理亜は両手を強く握り締める。
「私は……」
「今の栞は、私のせいでもあると思っています」
「私がもっと姉として支えてあげられていたら」
「もっと早く気付いてあげられていたら」
「栞は、自分の気持ちを言えない子にはならなかったのかもしれません」
少しだけ声が震える。
「だから私からは」
「『自分の気持ちを貫いて』なんて言えないんです」
「そんな資格は、私にはありません」
真理亜は二人を真っ直ぐ見つめた。
「だから、お願いです」
「栞を……助けてあげてください」
正義は静かに拳を握り締める。
凪も真っ直ぐ真理亜を見つめた。
二人の胸に宿った想いは、一つだった。




