第147話 さようなら
放課後。
エンジェル部部室。
正義と凪が活動日誌をまとめていると、静かに部室の扉が開いた。
「失礼します」
栞だった。
いつもと変わらない笑顔。
しかし、その表情はどこかぎこちなかった。
「栞、お疲れ」
正義が声を掛ける。
栞は静かに頷き、一枚の紙を机へ置いた。
「正義くん」
「これを受け取ってください」
正義は紙へ視線を落とす。
次の瞬間。
表情が固まった。
――退部届。
部室から音が消える。
「……え?」
凪が目を見開く。
正義も言葉を失った。
「どういうことだよ……」
栞は静かに微笑む。
「来年は受験ですから」
「志望校も難関校です」
「今のままでは勉強との両立が難しいと思いました」
正義は首を横へ振る。
「そんな理由で納得できるわけないだろ」
「栞」
「あんなにエンジェル部を大切にしてたじゃないか」
「部員を集めて」
「査問会議だって、誰よりも頑張って乗り越えたじゃないか」
栞は目を伏せ、小さく微笑んだ。
「でも」
「市民功労賞もいただけました」
「エンジェル部も存続できました」
「もう十分です」
「私は満足しましたから」
正義は退部届を握り締める。
「違う」
「そんなの絶対に違う」
栞は何も答えない。
正義は思わず声を荒らげた。
「栞がいなくなったら、この後どうなるんだよ!」
「また部員不足になって、廃部になるかもしれないじゃないか!」
栞は穏やかな笑みを浮かべたまま答える。
「大丈夫です」
「正義くんと凪さんなら、きっと新しい部員を見つけられます」
正義は首を横へ振る。
「そういう話じゃない!」
部室へ声が響く。
「部員が足りるとか、足りないとか……」
「そんなことを言ってるんじゃない!」
一瞬。
栞の笑顔が揺らいだ。
正義は栞を真っ直ぐ見つめる。
「栞がいないエンジェル部なんて……」
「そんなの、エンジェル部じゃないだろ」
部室は静まり返る。
凪も何も言えなかった。
栞は唇を小さく噛み締める。
それでも笑顔を崩さない。
「ありがとうございます」
「でも……もう決めたんです」
深く頭を下げる。
「今まで、本当にありがとうございました」
そう言って部室を後にする。
扉が静かに閉まった。
残された正義は、退部届を見つめたまま動けなかった。
あの笑顔は嘘だ。
栞は何かを隠している。
正義は、それだけは確信していた。




