第144話 黒幕
部室には重苦しい沈黙が流れていた。
正義はゆっくりと口を開く。
「ちなみに……」
「その献金をしている人物って、誰なんですか?」
松田は少し困ったように息を吐いた。
「本来なら答えられない」
「寄付者の情報は個人情報だからな」
三人は黙って続きを待つ。
松田は栞へ静かに視線を向けた。
「……ただ」
「今回だけは、話しておいた方がいいと思った」
「もし、この噂が本当だった場合」
「これから先、一番向き合わなければならないのは、栞かもしれないからだ」
栞は小さく息を呑む。
部室の空気がさらに張り詰めた。
松田は机の上の資料へ目を落とし、静かに口を開く。
「もし、この噂が本当なら……」
「理事会へ申し立てを行った人物は――」
三人は固唾を呑んだ。
松田はゆっくりと、その名を告げる。
「竜胆グループ代表取締役社長」
「竜胆正宗さんだ」
一瞬。
部室から音が消えた。
正義は思わず息を呑む。
「竜胆グループ……」
全国にホテル、商業施設、福祉事業などを展開する国内有数の大企業。
地域への寄付や慈善活動にも力を入れ、本校へも毎年多額の献金を続けている企業だった。
凪も目を見開く。
「そんな人やったん……」
正義はゆっくりと栞へ視線を向ける。
「その人って……」
一拍置く。
「もしかして……」
「栞のお父さん、ですよね」
栞は何も言わなかった。
ただ静かに俯いたまま、小さく頷く。
松田も静かに頷いた。
「ああ」
「だからこそ、話した」
「もし相手がまったく関係のない人物だったら、俺は何も言わなかった」
「これは栞自身に関わる話だからだ」
一呼吸置く。
「ただし、忘れるな」
「これはあくまで風の噂だ」
「事実だと決まったわけじゃない」
「だから、早まった判断だけはするな」
誰も返事ができなかった。
部室を包む沈黙だけが、静かに流れていく。
栞は小さく目を閉じた。
胸の奥に浮かんだ不安を、誰にも気付かれないように押し殺しながら。




