第130話 ふざけるな
誰も口を開かなかった。
会議室には、資料を鞄へしまう音だけが静かに響いている。
栞は涙を拭いながら資料をまとめる。
凪も俯いたまま、震える手でファイルを閉じた。
松田は何も言えない。
シスター小林も静かに目を閉じていた。
その時だった。
バンッ!
激しい音が会議室へ響き渡る。
正義が机を叩き、勢いよく立ち上がっていた。
「……ふざけるな!」
その怒声に、全員が息を呑む。
普段、感情を露わにしない正義。
その正義が、怒りで肩を震わせていた。
「そもそも、この活動は学校が正式に委託した事業なんだろ!」
正義は机の上の委託事業書類を掴み上げる。
「この学校は、『奉仕』を大切にする学校なんじゃないのか!」
「だから俺たちは、その言葉を信じて活動してきたんだ!」
「休みの日も!」
「夏休みも!」
「誰かの力になりたいって!」
「困っている人の役に立ちたいって!」
「自分たちで考えて、自分たちの意思で、ここまで続けてきたんだ!」
会議室は静まり返る。
正義の叫びは止まらなかった。
「地域清掃をやったことあるのか!」
「炊き出しをやったことあるのか!」
「老人ホームで、一日中お年寄りの話し相手になったことあるのか!」
「病院で苦しんでる子どもたちを笑顔にしたことあるのか!」
誰も答えない。
「俺たちは!」
「いろんな人の想いを背負って活動してきたんだ!」
「『ありがとう』って泣きながら言ってくれた人もいた!」
「子どもたちが一生懸命描いてくれた絵もある!」
「心を込めて書いてくれた手紙もある!」
「俺たちだけじゃない!」
「たくさんの人たちの想いが、この資料には詰まってるんだ!」
正義は委託事業書類を机へ叩き付けた。
「それを!」
「規則の一言だけで切り捨てるのか!」
「それが……!」
言葉が詰まる。
怒りで震えていた肩が、今度は悔しさで震え始めた。
唇を強く噛み締める。
必死に涙を堪える。
しかし。
一筋の涙が、頬を伝って落ちた。
「……それが、お前たちの言う教育なのかよ……」
震える声だった。
誰も言葉を返せない。
会議室は静まり返る。
栞は目を見開いた。
「……正義くん」
凪も息を呑む。
「正義……」
二人とも初めて見た。
人前で涙を流す正義の姿を。
校長は静かに目を伏せる。
理事長も厳しい表情のまま、何も言えなかった。
生徒会役員も、ただ黙って正義を見つめている。
怒りと悔しさで肩を震わせる正義のもとへ、松田が静かに歩み寄った。
そして、その肩へそっと手を置く。
「正義」
優しく、それでいて教師としての温かさが滲む声だった。
「……もういい」
「お前の想いは、みんなに伝わった」
正義は俯いたまま、荒い息を繰り返す。
涙を拭うこともできない。
会議室は重苦しい空気に包まれた。
その時だった。
プルルルル……
静まり返った会議室に、一本の電話が鳴り響く。
全員の視線が、一斉に電話へ向けられた。




