第116話 日向夏凪
会議室は静まり返っていた。
栞の言葉が、まだ誰の胸にも残っている。
その時だった。
椅子を引く音が静かに響く。
日向夏凪がゆっくりと立ち上がった。
「発言、よろしいですか?」
副会長の柊が頷く。
「どうぞ」
凪は軽く頭を下げると、少し照れくさそうに笑った。
「うちは、栞みたいに立派なことは言えへんけど……」
「最初は、正直、面白そうやなって思っただけなんです」
その一言に、張り詰めていた会議室の空気が少しだけ和らぐ。
凪は照れ笑いを浮かべながら続けた。
「でも、一回活動してみたら分かったんです」
「『ありがとう』って言われるんが、こんなに嬉しいことなんやって」
静かに、一つひとつ思い返すように話す。
「地域清掃では、『街がきれいになったね』って言ってもらえました」
「保育園では、子どもたちが『また来てね』って笑ってくれました」
「老人ホームでは、『また会いに来てな』って手を握ってもらいました」
「炊き出しでは、『温かいご飯をありがとう』って言ってもらえました」
「病院では、子どもたちが笑顔になってくれました」
「夏祭りでは、みんなが楽しそうに笑っとりました」
凪は優しく微笑む。
「その笑顔を見るたびに」
「うちまで元気をもらえるんです」
「誰かのために頑張ったつもりやのに」
「気付いたら、うちの方が元気をもらっとるんですよ」
正義は静かに凪を見つめる。
いつも明るく笑っている凪。
その笑顔の理由が、今ようやく分かった気がした。
凪は真っ直ぐ前を向く。
「うちは、勉強も得意やありません」
「運動も、全国大会へ行けるような選手やありません」
「でも」
「人を笑顔にすることなら、誰にも負けたくありません」
会議室は静まり返る。
「困っとる人がおったら助けたい」
「悲しそうな人がおったら笑顔になってほしい」
「それが、うちの願いです」
一呼吸置く。
「エンジェル部は、そんな願いを叶えられる場所でした」
「だから」
「うちは、この部活動が大好きです」
その言葉には、一片の迷いもなかった。
「これから先も」
「うちは、誰かの笑顔のために奉仕活動を続けていきたいと思っています」
深く一礼する。
会議室は静まり返ったままだった。
栞は優しく微笑み、正義は静かに頷く。
松田は腕を組みながら目を細める。
シスター小林は、嬉しそうに凪を見つめていた。
凪の言葉は飾らない。
だからこそ、そのまっすぐな想いは、会議室にいる誰の心にも静かに届いていた。




