第115話 竜胆栞
会議室は静まり返っていた。
正義の言葉を受けても、誰もすぐには口を開かない。
重苦しい空気だけが流れていく。
その時だった。
椅子を引く音が静かに響く。
栞が、ゆっくりと立ち上がった。
「発言をよろしいでしょうか」
副会長の柊が静かに頷く。
「どうぞ」
栞は一礼し、ゆっくりと口を開いた。
「私は、入学した当初、エンジェル部のことを知りませんでした」
「ある日、一人の先輩から声を掛けていただいたんです」
『竜胆さん、一緒にボランティアをやってみない?』
「それが、私とエンジェル部との出会いでした」
栞は少しだけ懐かしそうに微笑む。
「最初は、不安でした」
「私に務まるのか、自信がありませんでした」
「でも、その先輩は笑顔で言ってくださいました」
『大丈夫。一緒に頑張ろう』
「その一言が、本当に嬉しかったんです」
一呼吸置く。
「私は、昔から何をするにも不器用でした」
「勉強も。」
「運動も。」
「人より時間が掛かります」
「皆さんは、私を優秀だと思われるかもしれません」
「ですが、それは違います」
「私は、人より何倍も努力しなければ、人並みにもなれない人間です」
会議室は静まり返っていた。
正義は、真理亜から聞いた言葉を思い出す。
――栞は、努力の人なのよ。
あの言葉に嘘はなかった。
栞は続ける。
「それでも、エンジェル部の皆さんは私を受け入れてくださいました」
「失敗しても、『大丈夫』『一緒に頑張ろう』と励ましてくださいました」
「地域の皆さんから『ありがとう』と言っていただけるたびに、自分も誰かの役に立てたんだと思えました」
少しだけ声が震える。
「私は……」
「この部活動で、初めて自分に居場所があると思えたんです」
栞は真っ直ぐ前を見据えた。
「私は、この部活動に救われました」
静かな一言だった。
しかし、その言葉は会議室にいる全員の胸へ深く響く。
正義は静かに拳を握る。
凪は目を潤ませながら栞を見つめていた。
松田は優しく頷く。
シスター小林は誇らしそうに微笑んでいる。
校長・梅原恒一は静かに目を閉じた。
会議室には、誰も言葉を発しない。
規則でも。
数字でも。
決して測ることのできない価値が、そこには確かにあった。




