第101話 終わってない
八月下旬。
夏祭りも終わり、久しぶりにエンジェル部の部室へ三人が集まっていた。
「いやぁ」
「今年の夏も楽しかったなぁ」
凪が椅子にもたれ掛かり、大きく伸びをする。
栞も優しく微笑んだ。
「本当ですね」
「地域清掃に、保育園、老人ホーム、炊き出し……」
「病院慰問や夏祭りまで、本当に色々ありました」
正義も頷く。
「気付けば、あっという間でしたね」
三人は少しだけ夏休みを振り返る。
その時だった。
「……あ」
凪の動きが止まる。
部室に沈黙が流れた。
正義は首を傾げる。
「どうしました?」
凪は恐る恐る尋ねた。
「今日……何日?」
栞はスマートフォンを確認する。
「八月三十日です」
「…………」
凪は完全に固まった。
「日向夏さん?」
栞が不思議そうに声を掛ける。
凪は青ざめた顔で二人を見た。
「宿題……」
「はい?」
正義が聞き返す。
凪は震える声で答えた。
「宿題……一ページもやってへん」
「…………」
部室が静まり返る。
正義はゆっくりと聞き返した。
「一ページも……ですか?」
凪は小さく頷く。
「うん」
「えへへ……」
「笑い事じゃありません!」
正義と思わず声が揃った。
栞は思わず額へ手を当てる。
「日向夏さん……」
「夏休み、一か月以上ありましたよね?」
「せやけど……」
「暑かったし」
「部活あったし」
「遊んだし」
「夏祭りもあったし」
正義は呆れたようにため息をつく。
「全部言い訳です」
栞も苦笑しながら尋ねた。
「桜木君は終わっていますよね?」
「はい」
「夏休みに入る前に計画を立てて、七月中には全部終わらせました」
「えっ!?」
凪は勢いよく立ち上がる。
「夏休み前に!?」
「先に終わらせておけば、夏休みを思い切り楽しめますから」
「うそやろ……」
凪は今度は栞を見る。
「栞は?」
栞は首を傾げた。
「私は七月中には終わりました」
「残りは復習や読書をしていました」
凪は二人を交互に見つめる。
そして、叫ぶ。
「お前たち……」
「人間ちゃう!」
正義は即座に突っ込んだ。
「違います」
「お前がアホすぎるだけです」
「アホ聖女ですね」
「誰がアホ聖女や!」
凪は机を叩いて立ち上がる。
「栞!」
「何か言うたって!」
突然振られた栞は少し困ったように笑う。
「えっと……」
一瞬だけ考える。
「正義君」
「さすがに言い過ぎですよ」
凪はほっと胸を撫で下ろす。
「せやろ!」
「栞は優しい——」
しかし。
栞はにこりと微笑みながら続けた。
「……でも、少しだけ同感です」
「栞ぁーーーっ!」
部室に凪の悲鳴が響き渡る。
正義は吹き出しそうになるのを必死で堪えていた。
こうして。
エンジェル部最後の夏休み最大の戦いが、静かに幕を開けたのだった。




