第99話 柿沢栄三郎
市民参加型カラオケ大会は、大盛況のまま続いていた。
子どもたちの元気な歌声。
夫婦のデュエット。
おじいちゃん、おばあちゃんの懐かしい名曲。
会場は終始、笑顔と拍手に包まれている。
その時だった。
一台の黒いワゴン車が、ステージ裏へ滑り込んだ。
ドアが開く。
一人の男性が慌てて降り立った。
「市長!」
その声を聞いた楠市長は振り返る。
「栄三郎さん!」
二人は固く握手を交わした。
「申し訳ない」
「高速道路で事故渋滞に巻き込まれてしまってね」
「皆さんにご迷惑を掛けてしまった」
柿沢栄三郎は深々と頭を下げる。
その姿を見た正義は思わず息を呑んだ。
(あの……。)
(柿沢栄三郎さんだ。)
毎年、年末の紅白歌合戦へ出場する国民的人気演歌歌手。
テレビの中でしか見たことのない大スターが、今、目の前に立っていた。
凪も思わず声を漏らす。
「うそやん……」
「本物や……」
栞も驚きを隠せない。
「テレビで見ていた方が、本当に目の前に……」
楠市長は笑顔で肩を叩く。
「無事で何よりだわ」
「事故じゃ仕方ない」
柿沢はステージから聞こえてくる歌声へ耳を傾けた。
「……これは?」
市長は笑顔で答える。
「実はね」
「君が来るまでの時間、市民参加型カラオケ大会を開いとったんだわ」
「この子たちが考えてくれたんだよ」
楠市長は正義たち三人を紹介する。
「聖フェリス学園エンジェル部の皆さんです」
柿沢は三人へ歩み寄った。
「君たちか」
穏やかな笑顔を浮かべる。
「ありがとう」
「最高の時間を繋いでくれて」
「私と市長は、中学生の頃からの親友なんだ」
「この夏祭りの舞台は、私にとっても毎年楽しみな大切な舞台なんだよ」
「だから、市民の皆さんを退屈させることなく、この笑顔を繋いでくれたことが本当に嬉しい」
三人は少し照れくさそうに顔を見合わせる。
正義が代表して答えた。
「僕たちは、できることをしただけです」
柿沢は嬉しそうに笑う。
「その『できること』が、一番尊いんだ」
そう言うと、右手を差し出した。
「握手してもらえるかな」
「えっ!?」
三人は目を丸くする。
凪が一番に手を差し出した。
「もちろんです!」
力強く握手を交わす。
続いて栞。
「ありがとうございます」
最後に正義。
少し緊張しながら、その大きな手を握った。
「これからも頑張ってください」
柿沢は力強く頷く。
「君たちのような若者がいる限り、この街の未来は明るい」
そしてスタッフへ振り返る。
「さあ、皆さんをお待たせしたね」
「そろそろ私の出番だ」
ステージ袖から大きな拍手が聞こえてくる。
司会者の声が会場へ響いた。
『皆様、大変長らくお待たせいたしました!』
『お待ちかね、本日のスペシャルゲスト!』
『紅白歌合戦でもお馴染みの人気演歌歌手――柿沢栄三郎さんです!』
会場は今日一番の歓声に包まれた。
柿沢は三人へもう一度微笑み、小さく頷く。
「ありがとう」
「君たちのおかげで、最高の舞台になりそうだ」
そう言い残し、大スターはまばゆい照明に照らされたステージへと歩き出した。
その背中は、テレビで見たままの、大きく、堂々とした背中だった。




