第8話 放課後勉強会
勉強会が始まって一週間ほどが過ぎていた。
放課後。
エンジェル部の部室。
今日も机の上には教科書と問題集が広げられている。
「分からん」
凪が言った。
「どこがですか?」
栞が優しく尋ねる。
「全部や」
「昨日も聞きました」
「昨日も全部やった」
凪は真顔だった。
栞は苦笑する。
正義は呆れたようにため息を吐いた。
「よく今まで生きてこれましたね」
「勉強できんでも生きていけるわ!」
「この学校では無理です」
「正論やめて」
凪が机へ突っ伏した。
そんな凪を見ながら、栞はノートへ問題を書き出す。
「じゃあ、この問題からやりましょう」
「まずここを計算して」
「それから――」
栞の教え方は丁寧だった。
一つずつ。
相手の理解を確認しながら進める。
「なるほど!」
「分かった気がする!」
凪が嬉しそうに言う。
「良かったです」
栞も嬉しそうだった。
その時だった。
「違います」
横から声が飛んでくる。
正義だった。
「え?」
「そこ理解してません」
「今のは暗記しただけです」
「うっ」
図星だった。
「あと計算ミス」
「ここも違います」
「ここも」
「ここも」
「鬼や……」
凪は震えた。
容赦がなかった。
だが正義の説明は分かりやすい。
「この公式を使う理由は?」
「知らん」
「だから覚えられないんです」
「うぅ……」
「理屈を理解してください」
説明は簡潔。
無駄がない。
ただし優しさもない。
「桜木君」
栞が苦笑する。
「もう少し優しく言ってあげてください」
「事実です」
「事実でも言い方があります」
「面倒です」
全く改善する気はなかった。
凪は栞の後ろへ隠れる。
「栞ぁ」
「正義が怖い」
「怖くありません」
「怖いわ!」
部室に笑い声が響いた。
そんなやり取りを続けながらも勉強は進んでいく。
最初の頃に比べれば、凪も少しずつ理解できるようになっていた。
本人は気付いていないが。
栞も正義もちゃんと分かっている。
「そういえば」
凪が問題集から顔を上げた。
「正義って放課後暇なん?」
「別に」
「毎日おるやん」
正義が固まった。
「確かに」
栞も首を傾げる。
「最初はすぐ帰っていましたよね?」
「……」
「最近ずっといますよね?」
「……勉強会があるからです」
正義は視線を逸らした。
凪はにやりと笑う。
「居心地ええんやろ?」
「違います」
「ほんまに?」
「違います」
「ふーん」
絶対に信じていない顔だった。
正義は面倒そうに問題集を開く。
だが否定し切れない自分もいた。
少し前までなら。
放課後は真っ直ぐ帰宅していた。
誰かと話すこともない。
誰かと笑うこともない。
それが当たり前だった。
なのに今は。
放課後になれば自然とここへ来ている。
理由は勉強会。
仮入部だから。
そう自分に言い聞かせていた。
けれど。
部室に響く笑い声は嫌いではなかった。
「桜木」
凪が言う。
「ここ分からん」
「どこですか」
「ここ」
正義は問題を見る。
そして数秒後。
「昨日やりました」
「忘れた」
「アホですか」
「ひどっ!」
凪の悲鳴が響く。
「昨日のことやろ!」
「昨日だからです」
「覚えとるわけないやん!」
「威張ることじゃありません」
栞が吹き出した。
凪が抗議する。
正義は呆れる。
いつもの光景だった。
夕日が差し込む部室。
笑い声と文句とため息。
少し前まで部員一人だった部活とは思えないほど賑やかだった。
エンジェル部。
部員三人。
顧問なし。
廃部寸前。
問題だらけの部活だった。
それでも。
今だけは。
少しだけ楽しかった。




