第41話 次の恋と起業
ある日の夜。
理緒は、一人暮らしの部屋でベッドに寝転がりながらスマホを眺めていた。
アプリの画面を開いては閉じる。
そんな動作を何度も繰り返す。
――今さら、小説なんて……。
ふと、中学校の図書室を思い出した。
あの頃は、本を読むのも書くのも好きだった。
図書室で過ごした日々。
きっと、他の生徒より図書室の思い出は多い。
何より、そこで出会った――藤森先輩。
図書委員の活動を通して知り合い、
図書室から一緒に帰るようになって、
一緒に勉強するようになって、
気付けば、図書室以外でも一緒に過ごす時間が増えていた。
あの頃は、恋なんて分からなくて。
怖くて。
踏み込めなくて――
踏み込めないまま、終わってしまった。
あの日の決断が、間違っていたことを、大人になった今なら分かる。
分からないなら、もっと聞けば良かった。
もっと先輩を信じれば良かった。
もっと、自分の気持ちを大切にすれば良かった。
ずっと押し込めていた感情が、堰を切ったように溢れ出す。
涙でスマホの画面が滲む。
それでも、指先は動き出す。
―――
その日。
理緒は誠さんの部屋でアプリのチェックをしていた。
β版テスターのログを確認する。
「昌大さんに教えてもらったとおり見たんですけど、バグとか、変な使い方の履歴はなさそうです」
「理緒ちゃん、チェックありがとう」
「どういたしまして」
そう返しながら、自分のアカウント画面で手を止める。
ポートフォリオ欄に、未公開の作品が一つ保存されていた。
少し迷ってから、小さな声で話しかける。
「……昌大さん」
「ん? 理緒ちゃん、どうした?」
「あの、私……小説を書くのが趣味で……」
「そうなの?」
「はい……このアプリで公開してもいいですか?」
「え? もちろん。そのためのアプリだし」
昌大さんは嬉しそうに笑った。
「ポートフォリオに作品を載せてくれる人が増えたら、交流も生まれるし、アプリも賑わうからね」
そう言いながら、タブレットを操作して画面を見せる。
「ほら、この子とか。β版なのに、もうこんなに活用してくれてるんだよ。しかも、この色使いすごくない? センス良すぎて惚れそう」
いつもより少し早口な昌大さんに、理緒は思わずクスッと笑った。
画面を覗き込むと、そこには見覚えのある作品が並んでいた。
「これ……まみちゃんの作品です」
「まみちゃんって、理緒ちゃんのお友達?」
「はい」
「その子、会えない?」
昌大さんは勢いよく身を乗り出す。
「……驚かせてごめん。いや、今の完全にナンパみたいだったね。でも、そうじゃなくて……ウチのアプリのデザイン頼めないかなって。自分のセンスに限界感じてて……」
慌てる昌大さんに、理緒は小さく笑った。
「今度、まみちゃんに聞いてみますね」
「ありがとう! ……あ、理緒ちゃんの小説も楽しみにしてるよ」
「楽しみにされると、ちょっと恥ずかしいです」
「何が楽しみで、何が恥ずかしいの?」
不意に、誠さんが会話へ入ってくる。
「別に……」
理緒が誤魔化そうとした時、昌大さんが先に答えた。
「アプリで理緒ちゃんが小説を書いてくれるんだって」
「へぇ。面白そうじゃん。どんな話?」
「……恋愛小説です。悲恋の」
「……ふぅん。実話?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
誠さんは小さく笑った。
「……ふぅん。……その主人公の次の恋は、上手くいくといいな」
「……そうですね」
理緒は一瞬だけ視線を落とし、それから顔を上げた。
「……そうだ。そんなことより」
誠さんを見る。
少しだけ背筋を伸ばして。
「ん?」
「私、誠さんと一緒に起業したいです」
誠さんは、どこか当然みたいな顔で笑いながら答えた。
「もう、してるだろ」




