第38話 距離感と小説
誠さんがカフェへ入ってくる。
兄が手を振って合図すると、誠さんは気怠げな足取りのまま席へやって来た。
「お、終わった?」
「うん。今ちょうど」
誠さんは理緒の隣へ自然に腰を下ろす。
距離が近い。
理緒が少しだけ身体を引くと、誠さんは気にした様子もなくテーブルへ肘をついた。
まず口を開いたのは兄だった。
「……やっぱり、仲良いんだね」
「良いってほどじゃないよ。普通の友達だよ」
理緒がそう言うと、誠さんが肩をすくめた。
「そうそう。俺、神崎さんの大学の友達第一号らしいぜ」
兄は、理緒と誠さんのやり取りを不思議そうに見比べる。
「へぇ。学年も違うのに?」
「それは……誠さんが新入生の頃に変な感じで声掛けてきたから……」
「変な感じ?」
誠さんは平然と答える。
「なんか見たことある顔だなって。達也の妹って、その時は思い出してなかったけど」
「いや、急に『起業興味ない?』って聞かれて、普通に怖かったんですよ?」
「まぁまぁ。結果的に友達になったし」
「それも、誠さんが勝手に“友達第一号”って言ってるだけじゃないですか」
テンポよく言い合う二人を見て、兄は小さく目を瞬かせた。
「……やっぱり、かなり仲良くないか?」
「お兄ちゃん、だから違うってば」
誠さんはそこで、わざとらしくため息を吐いた。
「達也はシスコン過ぎるから、嫉妬してんだよ」
「誠っ……それ、さっき理緒も言ってたけど、どういうことだよ! 何を妹に吹き込んでるんだ?」
「は? 事実だろ」
「いや、普通に妹を大事にしてるだけだろ?」
「妹を大事にしてるだけで、普段会えてない妹の話ばっかしねぇよ」
「会えないからこそ話しただけだろ」
「部屋に写真まで飾ってたし」
兄は一瞬言葉に詰まり、それから反論する。
「……家族写真だろ」
「じゃあ、お前、俺の弟の顔知ってるか?」
兄は少し考えてから、拍子抜けしたように返した。
「……お前、弟いたのか?」
「それが普通なんだよ」
「いや、でも……だからって、僕がシスコンってわけでは……」
誠さんは呆れたように息を吐く。
そして、不意に理緒の頭へ手を置いた。
「ひゃっ?」
理緒は驚いて肩を跳ねさせる。
兄は思わず立ち上がった。
「おい」
誠さんはしたり顔で笑う。
「大学生の妹に男友達がこれくらいしただけで、本気で警戒してる時点で重いんだって」
「は?」
兄の視線が誠さんの手へ向く。
誠さんは面白そうに、わしゃわしゃと理緒の頭を撫でた。
「ちょっと……やめてください」
「はいはい」
誠さんはあっさり手を離す。
けれど兄は、さっきまでの勢いが少しだけ消えていた。
「……なんか、違う気がするぞ」
「はぁ?」
「いや……」
兄はじっと誠を見る。
「お前、理緒に変な気起こすなよ?」
「は? 起こさねぇよ」
返答は早かった。
迷いはない。
けれど、
兄はなぜか、逆に眉をひそめる。
「……自分でも気付いてないのか?」
「なんだよ、その確認」
「いや、お前、昔そういう距離感のやつじゃなかっただろ」
「状況によるだろ」
「今じゃないだろ」
「ちょっと、お兄ちゃん!? 誠さんも……どういう話してるの!?」
理緒だけが、二人の会話についていけず困惑していた。
そんな理緒を見て、兄は小さく頭を抱える。
「……理緒、お前はもうちょっと警戒心持て」
「なんで私が怒られてるの?」
誠さんはそのやり取りを見ながら、小さく笑った。
「達也、完全に保護者じゃん」
「うるさい」
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別の日。
理緒は、まみちゃんと夕食を食べていた。
「りっちゃん、お兄さんと仲直りできて良かったね」
「まみちゃんのおかげだよ」
「そんな……私は大したことしてないよ」
「うぅん。まみちゃんが、『お兄ちゃんも人間』って教えてくれたから。私、ずっと……私だけがお兄ちゃんに嫌われてるって思い込んでたの」
理緒は小さく息を吐く。
「でもね、お兄ちゃんも、私に嫌われてると思ってたみたい。そんなわけないのにね」
まみちゃんは、ふっと優しく笑った。
「そうだね。りっちゃん、本当にお兄さんっ子だったもんね」
「……やっぱり、まみちゃんに話して良かった。まみちゃんと話すと、すごく安心する」
「私も。りっちゃんといると、なんか落ち着く」
その言葉に、理緒は少しだけ肩の力が抜けた。
すると、まみちゃんが少し迷うように視線を落とす。
「……実はね、私も、りっちゃんと再会した頃、結構荒んでたんだ」
「えぇ!? 気付かなくてごめんね」
「うぅん。りっちゃんが昔と変わらず接してくれたの、嬉しかったんだ」
「そう、だったんだ」
「うん。私の専攻、デジタルデザインだから、周りクリエイター気質の人ばっかりでさ。みんなすごいし、ちょっとホームシックにもなってて……いろいろ…ね」
「そっか……」
理緒は小さく頷く。
すると、まみちゃんが少し明るい声を出した。
「あ、でも、りっちゃん達が作ってるアプリ、あれ本当に便利だよ! 正式リリースされたら使いたいって言ってる子、結構いるし」
「えっ!? 本当!?」
理緒は思わず身を乗り出す。
「……作ってるのは誠さん達だけど……」
「でも、りっちゃんも関わってるんでしょ?」
「まぁ……ちょっとだけ」
「このポートフォリオ機能、すごく使いやすいんだよ。私も色々まとめてみたの。ほら」
そう言って、まみちゃんはスマホの画面を見せてくれる。
そこには、デザイン作品が綺麗に整理されたページが映っていた。
「えっ……まみちゃん、こんなの作れるの?」
「いやいや、まだまだだよ。でも、作品整理しやすいし、今後利用者が増えたら交流も生まれそうだし、クリエイター系の学生には結構需要あると思う」
「そっか……。そういう使い方、ちゃんと需要あるんだね」
「あるある。りっちゃんも使えばいいのに」
「え?」
「昔、小説書いてたじゃん。載せちゃえば?」
「えぇ!? もう書いてないし……みんなに見せるなんて恥ずかしいよ」
「えー? 私はりっちゃんの小説好きだったから、また読みたいな」
理緒は少し照れたように視線を逸らす。
「……うーん。ちょっと、考えてみる……」




