第34話 神格化とデザート
翌日の夕方、理緒はまみちゃんと夕食を食べていた。
「りっちゃんから誘ってくれるなんて珍しいね」
「うん。……まみちゃんの声、聞きたくなって」
「それは嬉しいな。でも、何かあった?」
「……うん」
「どうしたの?」
「面白い話じゃなくて、申し訳ないんだけど……」
「そんなの気にしなくていいよ」
理緒は視線を落とし、一息吐いてから話し始めた。
「……あのね。まみちゃん、この前、私が変わったって言ってたでしょ?」
「うん?」
「昔は、お兄ちゃん大好きって感じだったって……」
「言ったね」
「実はね……まみちゃんが引っ越した後くらいから、お兄ちゃんとあんまり話さなくなっちゃったの」
「そうなんだ」
「今もずっと、そのままで……。あ、でも、喧嘩してるわけじゃないの。挨拶はするし。でも……」
「でも?」
理緒は唇を噛む。
「……多分、私、お兄ちゃんが一番大事にしてたものを踏みにじっちゃったから……嫌われたのかなって……」
そこまで言った瞬間、理緒の目からぽろりと涙が零れた。
「りっちゃん!?」
まみちゃんが慌てて身を乗り出す。
「ごめん……。初めて話したから……自分でも、泣くなんて思ってなくて……」
まみちゃんは急いで鞄からハンカチを取り出した。
「大丈夫。ほら」
理緒も自分の鞄からハンカチを取り出し、目元を押さえる。
まみちゃんは少しだけ考えるようにしてから、ゆっくり口を開いた。
「……私、お兄さんが一番大事にしてたものが何かは分からない。でもね、私が知ってるお兄さんって、りっちゃんより大事なものなんて無かったと思うよ?」
「……お兄ちゃんが?」
「うん。昔から、妹ラブって感じだったじゃん」
「ウソ!」
理緒は思わず顔を上げた。
「嘘じゃないよ。むしろ、りっちゃん気付いてなかったの?」
「優しいお兄ちゃんだとは思ってたけど……」
「いや、優しいけど、それだけじゃなかったと思うなぁ」
まみちゃんは少し首を傾げる。
「何で、お兄さんに嫌われてるって思ったの? 会話なくなったから?」
「……うぅん。私、冗談で『会社は私が継いじゃうぞ』って言ったの。そしたら、お兄ちゃんが『継げばいいだろ。理緒のほうが向いてる』って……」
理緒はぎゅっとハンカチを握る。
「ちょうど、その頃、お兄ちゃんも色々あった時期で……。私、追い打ちかけちゃったのかもしれない。それから、あんまり話さなくなって……」
「そっかぁ……」
まみちゃんは静かに頷いた。
「それはたしかに、“嫌われたかも”って思うよね」
「……うん」
「でも、私は違うと思うな」
「違う?」
「うん。逆に、お兄さんも後悔してるんじゃない? りっちゃんに、きつく言いすぎたって」
「……お兄ちゃんが?」
「完璧スペックなお兄さんだけど、でも人間でしょ? 八つ当たりしちゃうことだって、あるんじゃないかな」
理緒は小さく目を瞬かせた。
「……そっか。お兄ちゃんも、人間だもんね」
「そうそう」
理緒は少しだけ肩の力を抜く。
「……まみちゃん、ありがと。私、勝手にお兄ちゃんを神格化してたのかも」
「あはは。たしかに、“神の如き聖人”って感じだったもんね」
「あはっ。聖人は言いすぎじゃない?」
「良かった。りっちゃん、笑顔戻った」
「あ……ありがと。まみちゃん」
「ん。どういたしまして」
少し空気が和らいだところで、理緒はメニューを手に取った。
「まみちゃん、デザート食べる? 今日は私が奢るよ」
「え、悪いよ。でも、これ美味しそう」
「じゃあ私が頼むから、半分こしよ?」
「いいねぇ」
二人は顔を見合わせて、小さく笑った。




