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まだ恋とは呼べない距離で  作者: rio
中学生編
4/13

第4話 兄と挫折

委員会を終えて、家に帰る。


玄関のドアを開けると、いつも通りの匂いがした。

静かで、整っていて、少しだけ息が詰まるような空気。


「おかえり」


奥から母の声がする。


「ただいま」


それだけのやり取り。


靴を揃えて、鞄を置いて、自分の部屋に向かう。


父は、ほとんど家にいない。

会社を経営しているから、忙しいのは分かっている。


兄は、もっといない。

全寮制の高校に進学して、長期休みにしか帰ってこなくなった。


——もっとも、家にいたとしても。


会話は、なかった。


部屋に入って、鞄を机の上に置く。

制服のまま、少しだけ立ち尽くす。


静かすぎて、考えなくていいことまで浮かんでくる。


——昔は、違った。


兄とは、普通に話していた。

一緒に何かをして、笑って、競って。


父の会社を、どちらが継ぐか。

そんな話を、本気とも冗談ともつかないまま、繰り返していた。


今思えば。

兄はいつも、少しだけ手加減してくれていた。


優秀で、優しくて。

自慢の兄だった。


——その兄でも挫折した日もあった。


中学生の頃。


兄が部長を務めていた部活で、トラブルが起きた。

うまくまとめられず、何人かが辞めたらしい。


母と兄の会話を盗み聞いただけ。

でも、帰ってきた兄の様子で、なんとなく分かった。


その日、父は、珍しく早く帰ってきた。


リビングで、何気ない会話をしていた。

仕事の話。

人がうまくまとまらない、というような。


兄のことと、少しだけ重なった。


——だから、だと思う。


私は、思いついたことをそのまま口にした。


「だったら、こうしたらいいんじゃない?」


深く考えたわけじゃない。

ただ、思いついただけ。


でもそれが、父には刺さったらしい。


「なるほどな」


少し驚いたように言って、

そのあと、私を見て笑った。


「理緒は、よく考えてるな」


褒められた。


そのときは、ただ嬉しかった。


——兄が、聞いていたことにも気付かずに。


それから少しして。


私はいつもどおり、兄に話しかけた。


「勝負しよ」


何で競っていたのか、もう覚えていない。

ただ、いつもの流れだった。


でも。


「……嫌だ」


兄は、そう言った。


一瞬、意味が分からなかった。


「え?」


「もういい」


それだけ。


終わりにするような言い方だった。


少しだけ戸惑って、

軽く、冗談みたいに言った。


「じゃあ、私がパパの会社継いじゃうぞ」


いつもと同じ調子で。

特別な意味なんて、なかった。


でも。


兄は、少しだけ間を置いてから言った。


「……継げばいいだろ」


その声は、いつもと違っていた。


「理緒の方が向いてる」


——そこで、やっと気付いた。


あの日、父に褒められたこと。

それが、兄を傷つけていたこと。


何も言えなかった。


それから、少しずつ。

距離ができた。


元に戻そうと思った。


会社を継ぐ話も、口にしないようにした。

父に褒められないように、気をつけた。


目立たないように。

余計なことを言わないように。


でも。


距離は、戻らなかった。


近付こうとするほど、

うまくいかなくなった。


そして。


兄は家を出た。


高校進学と同時に、寮に入った。


理由は――


——分かっている。


机の椅子に座る。


何もしていないのに、少しだけ疲れていた。


机の上に置いた手を、少しだけ握る。


思い出したくないのに、思い出す。


——あのときみたいに。


静かな部屋に、自分の呼吸だけが残る。


何も起きていないのに、少しだけ息苦しい。


理緒は視線を落として、ゆっくりと息を吐いた。


考えなくていいことは、考えない。

そう決めている。


だから。


もう、考えない。


そうやって、目を閉じた。

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