第3話 担当者と指名
それから、藤森先輩との関係は少しだけ変わった。
廊下ですれ違えば、挨拶を交わすし、図書室で顔を合わせれば、短い会話をする。
「当番?」
「はい」
「今日、人多いな」
「テスト前だからですかね」
それくらいの、どうでもいいやり取り。
名前を呼ぶこともないし、特別な話をするわけでもない。
でも、知らない人ではなくなった。
それだけで、少しだけ距離が変わる。
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次の図書委員会。
読書週間に向けた活動についての話し合いが始まった。
「全校生徒に読書を促す企画を考えます」
先生がそう言って、黒板に簡単な説明を書く。
一学期の担当者を二人決めるらしい。
「やりたい人、いますか」
少しの沈黙。
誰も手を挙げない。
理由は分かる。
準備もあるし、手間もかかる。
評価にはつながるかもしれないけど、それ以上面倒な仕事だ。
「いないかな」
先生がもう一度言う。
そのとき。
「はい」
一人、手が挙がる。
前の席。
あの三年生。
——藤森先輩。
そのまま、名前が書かれる。
「もう一人、いない?」
再び沈黙。
視線が少しだけ泳ぐ。
誰も手を挙げない。
そのとき。
「じゃあ」
先輩が振り返る。
一瞬だけ、迷ったように見えた。
それから、まっすぐこちらを見る。
「神崎、一緒にやらない?」
一瞬、意味が分からなかった。
「え」
思わず声が出る。
周りの視線が、少しだけ集まる。
「この間、副委員長断って、結局何の役職もやってないじゃん」
そう言って、特に深い意味はなさそうな顔をしている。
断る理由を探す。
時間がかかる。
目立つかもしれない。
余計なことはしない方がいい。
頭の中でいくつか浮かぶ。
でも。
「……大丈夫です」
気付いたときには、そう答えていた。
「やります」
先生が頷いて、黒板に名前を書く。
それで決まった。
ただ、それだけのこと。
なのに。
ほんの少しだけ、心が落ち着かない。
理由は、よく分からない。
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委員会が終わって、片付けをしていると、後ろから声がかかる。
「よろしく」
振り返ると、先輩が立っていた。
「……はい」
短く答える。
「そんなに難しいことやるわけじゃないから」
「そう、ですか」
「一緒に考えればいいし」
それだけ言って、軽く手を振る。
深く踏み込んでくるわけでもなく、距離を詰めてくるわけでもない。
ただ、自然にそこにいる感じ。
「じゃあまた」
そう言って、先に部屋を出ていく。
その背中を、少しだけ目で追う。
——なんで、私なんだろう。
そう思う。
でも、わざわざ聞くほどのことでもない。
理緒は視線を外して、机の上の資料を揃える。
いつも通りに。
はみ出さないように。
そのはずなのに。
少しだけ、違う場所に立っている気がした。




