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まだ恋とは呼べない距離で  作者: rio
大学生編
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第32話 再会と合流

ある日の大学からの帰り道。


最寄り駅の改札を出たところで、不意に声を掛けられた。


「りっちゃん?」


――りっちゃん?


誰だろう。


理緒は足を止めて振り返る。


そこに立っていたのは、同年代の、見覚えがあるようなないような女性だった。


理緒が戸惑っていると、相手が先に笑う。


「あたし、真美子だよ。小学校で一緒だった」


「えっ……まみちゃん!?」


理緒は思わず目を見開いた。


「久しぶり! ごめん、全然分からなかった」


「ううん。自分でも変わった自覚あるし」


まみちゃんは笑いながら肩をすくめる。


「りっちゃんは変わらないね」


「そう……かな?」


「あ、でも大人っぽくはなってるよ? ただ、昔から大人っぽかったから」


「気付いてくれてありがと」


「ううん。今、帰り?」


「うん。大学の帰り。ここ、家の最寄り駅なんだ」


「えっ、偶然! 私もここ最寄り」


「そうなんだ。じゃあ、今度ご飯でも食べない?」


理緒がそう言った瞬間、まみちゃんは目を輝かせ、少し前のめり気味に言う。


「今度どころか、私は今日でもいいよ!りっちゃんともっと話したい」


「……私も、今日でも大丈夫」


「じゃあ行こ。そこのファミレスでいい?」


「あ、うん」


二人はそのまま駅前のファミレスへ入った。


最寄り駅なのに、理緒は一度も入ったことがない店だった。


まみちゃんは慣れた様子で席へ向かう。


「あんまりお腹空いてないし、軽めにしよっと」


「……お腹空いてないのに、ごめんね」


「違う違う」


まみちゃんは慌てたように手を振った。


「昼食べすぎたから、元々夜は軽めにするつもりだったの」


そう言って、まみちゃんはミニドリアとサラダを注文する。


理緒はミートソーススパゲッティを頼んだ。


「転校して以来だから……七年ぶりくらい?」


「そうだね。最初の頃は連絡してたけど、途中で途切れちゃったね」


「まぁ、学校違うと全然会えないしね。小学生には結構大きかった」


「そうだね。子どものうちって、世界が狭いから」


「分かる」


まみちゃんは頷きながら、水を一口飲む。


「りっちゃん、今は一人暮らし?」


「うん。実家から通えなくはなかったんだけど、一回してみたくて」


「“してみたい”で家出られるの、やっぱお嬢様だなぁ」


「やめてよ。“お嬢様”って」


「いやいや、事実じゃん。パパさん会社やってて、将来はりっちゃんかお兄さんが継ぐんでしょ?」


「……私は継がないかな」


「えー!? そうなの?」


まみちゃんは意外そうに目を丸くした。


「女社長とか、普通にかっこいいと思ってたのに」


「お兄ちゃんが継ぐと思う」


「お兄さんも優秀だったもんねぇ。かっこよくて、勉強できて、優しくて……理想のお兄ちゃんって感じ」


「そんな……理想だなんて」


「お兄さん、今も元気?」


「……うん。元気みたい。今、海外留学中だけど」


「海外留学!? やっぱすごいなぁ」


「そんな言うほどじゃないよ」


そう返した時。


まみちゃんが、ふと理緒の顔を見つめた。


「……なんか、りっちゃん、少し変わったね」


「え?」


「前だったら、“うん。自慢のお兄ちゃんなの”って感じだったから」


理緒は一瞬、言葉を失う。


「……そうかな?」


「うん。昔、すごいお兄ちゃんっ子だったよね」


「まぁ……お互い思春期になったし」


「うーん……なんか、そういう感じとも違う気がするんだよね」


まみちゃんは少し迷うように言った。


「……お兄さんと、何かあった?」


「……え……」


理緒は言葉に詰まる。


自分でも上手く説明できない。


何がきっかけだったのか。


どうして、あんなふうになってしまったのか。


まみちゃんは、そんな理緒を見て、小さく笑った。


「……言いにくかったら、無理に話さなくていいよ」


その声音は、とても柔らかかった。


「でも、一人で抱え込みすぎないでね」


理緒は少しだけ目を伏せる。


それから、小さく頷いた。


「……うん。ありがと」


その後は、連絡先を交換して、大学のことや昔の同級生の話をしながら過ごした。


帰り道。


理緒は、どこか胸の奥が温かいことに気付く。


昔の自分を知っている人。


何も説明しなくても、少しの違和感に気付いてくれる人。


――味方が増えたみたい。


そんな小さな安心感が、理緒の心をじんわりと温めていた。


---


それから、理緒は時々、まみちゃんと夕食を食べるようになっていた。


ある日の夕食中。


理緒のスマホに着信が入る。


――誠さんからだ。


理緒はまみちゃんに断って、席を立ちながら電話に出た。


「はい」


誠さんは開口一番、いつもの調子で言う。


『今から来れる?』


「すみません。今、家の近くで友達と食事中です」


『……友達できたんだ。おめでとう』


「違います。小学校の友達です。たまたま再会して」


『……ふぅん。誰?』


「誰って……岸田真美子ちゃんです」


『あぁ……聞き覚えあるな』


少し間を置いてから、誠さんはさらりと言った。


『今から行く』


「えぇ!? ちょっ――」


そこで電話は切れた。


理緒はスマホを見つめ、小さくため息を吐く。


席へ戻ると、まみちゃんが不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの?」


「ごめん。大学の先輩が、こっち来るって」


「へぇ。彼氏?」


「全然違うよ!!」


理緒は反射的に否定する。


「なんか、まみちゃんのこと知ってるっぽかった。お兄ちゃんの友達だから、小学校はまみちゃんも同じなんだけど……」


「誰?」


「佐藤、誠……さん」


「あぁ……縦割り班で一緒だったかも?」


まみちゃんは少し考えるように視線を上げる。


「なんだかんだ面倒見いい人……だったかな?」


「よく覚えてるね」


「人の顔と名前覚えるの得意なんだ」


「でも、待たせる形になっちゃうけど平気?」


「私は大丈夫」


「ありがと」


そうして食事を続けていると、再び誠さんから着信が入る。


「はい」


誠さんは短く尋ねる。


『駅前着いた。どこ?』


「……駅前のファミレスです」


『分かった』


短いやり取りで電話が切れる。


数分後。


「あの人じゃない?」


まみちゃんが入口の方を見ながら言った。


「え? あ……うん」


理緒が振り返ると、誠さんが店内へ入ってくるところだった。


まみちゃんは立ち上がって、軽く手を振る。


誠さんは二人の席へ近付くと、いつもより少し爽やかな笑顔で口を開いた。


「こんばんは」


「こんばんは。お久しぶりです」


「俺のこと覚えてるの?」


「はい。縦割り班で一緒でしたよね」


「あぁ……多分。ごめん、俺あんまり覚えてないや」


「そうですよね。私、結構変わったので」


理緒は呆れたように口を挟む。


「……で、何しに来たんですか?」


誠さんはその言葉を聞き流すように、理緒を奥側へずらして隣に座った。


それから、まみちゃんへ向き直る。


「実は今、神崎さんと一緒に学生向けのコミュニティ支援アプリ作ってて」


そう言いながら、鞄からQRコード付きのチラシを取り出してテーブルへ置く。


そのままタブレット端末で、カレーライスの温玉トッピングを注文した。


「りっちゃん、そうなの!?」


「いや、私は――」


理緒が否定しかける。


けれど、その声を遮るように、誠さんは続けた。


「今、β版のテスター探してるんだ。よかったら使ってみてくれない?」


まみちゃんはチラシを手に取り、じっくりと読み始める。


しばらくして、誠さんの頼んだカレーが運ばれてきた。


「へぇ……面白そう。ポートフォリオも作れるんだ」


誠さんはスプーンを手に取りながら頷く。


「作りたい学生、多いかなって。作品載せたり、意見交換できたり」


「私、デジタルデザイン専攻だから助かります。使ってみますね」


「それは俺たちも助かる」


「俺たちじゃなくて……」


理緒は不満そうに口を尖らせた。


「私は起業には協力しないって言ってるじゃないですか」


誠さんは当然みたいに返す。


「もうしてるだろ」


「あれは、トラブルになるって分かってて放っておけないというか……」


「だから協力してるんだろ?」


「そうじゃなくて……」


理緒は言葉に詰まる。


すると、まみちゃんがふっと笑った。


「今日のりっちゃん、今までで一番“昔のりっちゃん”っぽいかも」


「……え?」


「なんか、りっちゃんって昔から落ち着いてたじゃん?」


「……うん?」


「でも、真剣になると急にムキになるの。今、すごい懐かしい」


「……私、そんなムキになってない」


誠さんが、横から即座に口を挟む。


「なってるだろ」


「誠さんは黙っててください」


理緒がぴしゃりと言い返すと、まみちゃんが楽しそうに笑った。


「仲いいんだね」


「良くない!」


すると誠さんは、どこか面白がるように笑う。


「いや、俺、神崎さんの大学の友達第一号だし」


「……それは、そうですけど……」


理緒は納得いかない顔で誠さんを睨む。


けれど誠さんは気にした様子もなく、カレーを食べながら続けた。


「あと、俺、神崎さんの兄貴の友達なんだ」


「さっき、りっちゃんから聞きました」


「うん」


やがて食べ終えた誠さんは、水を飲み干して「ごちそうさま」と呟いた。


そのまま千円札をテーブルへ置く。


「友達と団欒してるとこ邪魔して悪かったな」


そして、まみちゃんへ視線を向ける。


「岸田さん、テスターの件よろしく」


それだけ言うと、誠さんはあっさり席を立って店を出ていった。


静かになった席で、まみちゃんが感心したように口を開く。


「りっちゃん、アプリ開発なんてやってるんだ。すごいね」


「だから、違うってば!」


「ふふっ」


まみちゃんは楽しそうに笑う。


「なんか、しゃべり方も昔に戻ったね」


「え……そう?」


「うん。いいと思う」


理緒は少しだけ戸惑いながら、手元のグラスを見つめた。


「……そうかな」


---


その日の深夜。


誠のスマホに着信が入る。


――誰だ?


画面を見ると、そこには「神崎達也」の文字が表示されていた。

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