第30話 部屋着と外泊
毎日20時20分更新予定
全40話+番外編で完結となります。
晃サイドの続編を準備中です。
「お泊まり会といえば、コンビニだろ!」
昌大さんが勢いよく立ち上がる。
「お前は家に取りに帰れよ」
誠さんは呆れたように返した。
「気分を楽しみたいんだよぉ」
「……まぁ、俺も明日の朝飯買っとくか」
そうして三人は、徒歩一分ほどのコンビニへ向かった。
深夜の街は昼間より静かで、空気が少しひんやりしている。
理緒はコンビニの前まで来ると、落ち着かない様子で周囲を見回した。
誠さんが怪訝そうに眉を上げる。
「どうしたんだよ。初めてコンビニ来たやつみたいになってるぞ」
「……深夜のコンビニ、初めてで」
「えっ、マジ?」
昌大さんが目を丸くする。
理緒は少し気まずそうに視線を逸らした。
「……門限とか、厳しかったので」
「あー……なんか分かるかも。理緒ちゃんって、いいところのお嬢様感あるよね」
「そんな大したものじゃないです」
誠さんがふと思い出したように言う。
「神崎さんの家って、親父さん会社やってるんじゃなかったか?」
「うわ、社長令嬢じゃん!」
「そんな響きほど大層な家じゃないですよ!」
少し慌てたように返す理緒に、誠さんが小さく笑った。
「とりあえず、歯ブラシとか朝飯とか、必要なもん買って帰るぞ」
店内へ入る。
深夜のコンビニは独特だった。
明るすぎる照明。
有線放送が今話題の曲を流している。
まばらな客を、店員がぼんやり眺めていた。
理緒はどこかそわそわしながら、歯ブラシや飲み物をカゴへ入れていく。
一方、昌大さんはお菓子コーナーでしゃがみ込み、真剣な顔をしていた。
「夜更かしにはポテチだよなぁ……」
「明日、顔むくむぞ」
「青春にむくみは付き物なんだよ」
「何それ」
誠さんが呆れたように笑う。
会計を済ませ、三人はマンションへ戻った。
マンションの下に着くと、昌大さんがふと思い出したように口を開く。
「僕、一回部屋戻るわ。着替えとか取ってくる」
「結局帰るのかよ」
「そりゃ、コンビニで全部揃えるより安いし」
「現実的だな」
「エンジニアだからねぇ」
そう言って、昌大さんは階段の方へ歩いていく。
「先戻っててー」
「はいはい」
理緒と誠さんは、二人でエレベーターに乗り込み、部屋へ戻った。
さっきまで三人いた部屋は、急に静かに感じる。
理緒は何となく、さっき会議中に座っていた場所へ腰を下ろした。
誠さんは買ってきた物を冷蔵庫へ詰めながら、何気ない調子で口を開く。
「そーいや、達也と連絡取ったぞ」
「……え?」
思わず顔を上げる。
「今イギリスいるから、なかなか時間合わねぇけど」
「……なんて?」
「元気にしてるって。あと、お前と同じ大学だって言ったら驚いてた」
理緒は少しだけ目を伏せる。
「……そりゃ、驚きますよ」
それから、小さく尋ねた。
「他には……?」
「まだそこまで話せてない」
「……そうですか」
誠さんは冷蔵庫を閉めると、そのまま寝室へ入っていった。
理緒は一人になり、何となく部屋を見回す。
仕事用の機材。
雑然としたコード類。
積み上がった雑誌。
無造作に置かれた服。
決して綺麗な部屋ではない。
でも、不思議と不快感はなかった。
ゴミはちゃんと片付いているし、必要な物の場所は把握しているのが何となく分かる。
――性格、出てる。
そう思った時だった。
寝室から誠さんが戻ってくる。
紺色のスウェット姿。
手にはグレーのスウェットを抱えていた。
「とりあえず着替え。デカいと思うけど我慢して。シャワーは先にどうぞ」
「……ありがとうございます。お借りします」
「寝るのは奥の寝室な。こっちは俺と昌大で適当に寝るから」
「そんな、私ソファで十分です」
誠さんがニヤッと笑う。
「寝顔見せてくれんの?」
「……見ないでください」
「じゃ、寝室な」
「……すみません」
その時、玄関が勢いよく開いた。
「ただいまー!」
「お前ん家じゃねぇだろ」
「今は泊まりに来てる身だから」
そう言いながら入ってきた昌大さんは、すでに部屋着姿だった。
ぶかぶかのTシャツにジャージ。
胸元には、有名なお菓子メーカーのロゴが大きく入っている。
理緒は思わず目を留める。
「あ、そのTシャツ可愛いですね」
「分かる!? 俺の勝負部屋着」
「何の勝負だよ」
「理緒ちゃんに可愛いって言ってもらう勝負?」
「俺は参加してねぇ」
そのやり取りが妙におかしくて。
理緒は、思わず声を上げて笑ってしまった。
「あははっ……」
自分でも驚くくらい自然な笑い声だった。
昌大さんは少し目を丸くする。
「わ、理緒ちゃんってそんなふうに笑うんだ」
「あ……」
少し照れながらも、笑みは消えない。
「お二人、本当に仲いいですね」
「こいつが絡んでくるだけ」
「照れてる照れてる」
「うるせぇ」
そんなやり取りをしながら、夜はゆっくり更けていった。
最初に限界を迎えたのは昌大さんだった。
タブレットを抱えたまま、こくりこくりと船を漕ぎ始める。
「あ……昌大さん、寝ちゃいましたね」
「おー、神崎さんももう寝ていいぞ。俺はあとここだけ終わらせたい。ずっと、“あとちょっと”が終わんねぇんだよ」
「どこ直してるんですか?」
「この文字配置。なんか微妙で」
理緒は立ち上がり、誠さんのノートPCを覗き込む。
自然と距離が近くなる。
「……ここ、スペース半角にしたら収まりませんか?」
「……あ、ほんとだ」
少し操作する。
「バランス取れたな」
「終わりそうですか?」
「たぶんな」
そこでふと、距離が近いことに気付いた。
理緒は小さく身を引く。
「……それじゃ、おやすみなさい。ベッド、お借りします」
「おやすみ」
理緒は寝室へ入り、そっと扉を閉めた。
借りたスウェットへ着替える。
袖が長くて、少しぶかぶかだった。
ベッドへ横になる。
知らない部屋。
知らないベッド。
初めての外泊。
本来なら、もっと緊張して眠れないと思っていた。
でも、
扉の向こうから聞こえる小さな物音や、人の気配が、不思議と安心感をくれる。
理緒はゆっくり目を閉じた。
気付けば、そのまま静かに眠りへ落ちていた。




