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まだ恋とは呼べない距離で  作者: rio
大学生編
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35/48

第30話 部屋着と外泊 

毎日20時20分更新予定

全40話+番外編で完結となります。

晃サイドの続編を準備中です。

「お泊まり会といえば、コンビニだろ!」


昌大さんが勢いよく立ち上がる。


「お前は家に取りに帰れよ」


誠さんは呆れたように返した。


「気分を楽しみたいんだよぉ」


「……まぁ、俺も明日の朝飯買っとくか」


そうして三人は、徒歩一分ほどのコンビニへ向かった。


深夜の街は昼間より静かで、空気が少しひんやりしている。


理緒はコンビニの前まで来ると、落ち着かない様子で周囲を見回した。


誠さんが怪訝そうに眉を上げる。


「どうしたんだよ。初めてコンビニ来たやつみたいになってるぞ」


「……深夜のコンビニ、初めてで」


「えっ、マジ?」


昌大さんが目を丸くする。


理緒は少し気まずそうに視線を逸らした。


「……門限とか、厳しかったので」


「あー……なんか分かるかも。理緒ちゃんって、いいところのお嬢様感あるよね」


「そんな大したものじゃないです」


誠さんがふと思い出したように言う。


「神崎さんの家って、親父さん会社やってるんじゃなかったか?」


「うわ、社長令嬢じゃん!」


「そんな響きほど大層な家じゃないですよ!」


少し慌てたように返す理緒に、誠さんが小さく笑った。


「とりあえず、歯ブラシとか朝飯とか、必要なもん買って帰るぞ」


店内へ入る。


深夜のコンビニは独特だった。


明るすぎる照明。

有線放送が今話題の曲を流している。

まばらな客を、店員がぼんやり眺めていた。


理緒はどこかそわそわしながら、歯ブラシや飲み物をカゴへ入れていく。


一方、昌大さんはお菓子コーナーでしゃがみ込み、真剣な顔をしていた。


「夜更かしにはポテチだよなぁ……」


「明日、顔むくむぞ」


「青春にむくみは付き物なんだよ」


「何それ」


誠さんが呆れたように笑う。


会計を済ませ、三人はマンションへ戻った。


マンションの下に着くと、昌大さんがふと思い出したように口を開く。


「僕、一回部屋戻るわ。着替えとか取ってくる」


「結局帰るのかよ」


「そりゃ、コンビニで全部揃えるより安いし」


「現実的だな」


「エンジニアだからねぇ」


そう言って、昌大さんは階段の方へ歩いていく。


「先戻っててー」


「はいはい」


理緒と誠さんは、二人でエレベーターに乗り込み、部屋へ戻った。


さっきまで三人いた部屋は、急に静かに感じる。


理緒は何となく、さっき会議中に座っていた場所へ腰を下ろした。


誠さんは買ってきた物を冷蔵庫へ詰めながら、何気ない調子で口を開く。


「そーいや、達也と連絡取ったぞ」


「……え?」


思わず顔を上げる。


「今イギリスいるから、なかなか時間合わねぇけど」


「……なんて?」


「元気にしてるって。あと、お前と同じ大学だって言ったら驚いてた」


理緒は少しだけ目を伏せる。


「……そりゃ、驚きますよ」


それから、小さく尋ねた。


「他には……?」


「まだそこまで話せてない」


「……そうですか」


誠さんは冷蔵庫を閉めると、そのまま寝室へ入っていった。


理緒は一人になり、何となく部屋を見回す。


仕事用の機材。

雑然としたコード類。

積み上がった雑誌。

無造作に置かれた服。


決して綺麗な部屋ではない。


でも、不思議と不快感はなかった。


ゴミはちゃんと片付いているし、必要な物の場所は把握しているのが何となく分かる。


――性格、出てる。


そう思った時だった。


寝室から誠さんが戻ってくる。


紺色のスウェット姿。

手にはグレーのスウェットを抱えていた。


「とりあえず着替え。デカいと思うけど我慢して。シャワーは先にどうぞ」


「……ありがとうございます。お借りします」


「寝るのは奥の寝室な。こっちは俺と昌大で適当に寝るから」


「そんな、私ソファで十分です」


誠さんがニヤッと笑う。


「寝顔見せてくれんの?」


「……見ないでください」


「じゃ、寝室な」


「……すみません」


その時、玄関が勢いよく開いた。


「ただいまー!」


「お前ん家じゃねぇだろ」


「今は泊まりに来てる身だから」


そう言いながら入ってきた昌大さんは、すでに部屋着姿だった。


ぶかぶかのTシャツにジャージ。


胸元には、有名なお菓子メーカーのロゴが大きく入っている。


理緒は思わず目を留める。


「あ、そのTシャツ可愛いですね」


「分かる!? 俺の勝負部屋着」


「何の勝負だよ」


「理緒ちゃんに可愛いって言ってもらう勝負?」


「俺は参加してねぇ」


そのやり取りが妙におかしくて。


理緒は、思わず声を上げて笑ってしまった。


「あははっ……」


自分でも驚くくらい自然な笑い声だった。


昌大さんは少し目を丸くする。


「わ、理緒ちゃんってそんなふうに笑うんだ」


「あ……」


少し照れながらも、笑みは消えない。


「お二人、本当に仲いいですね」


「こいつが絡んでくるだけ」


「照れてる照れてる」


「うるせぇ」


そんなやり取りをしながら、夜はゆっくり更けていった。


最初に限界を迎えたのは昌大さんだった。


タブレットを抱えたまま、こくりこくりと船を漕ぎ始める。


「あ……昌大さん、寝ちゃいましたね」


「おー、神崎さんももう寝ていいぞ。俺はあとここだけ終わらせたい。ずっと、“あとちょっと”が終わんねぇんだよ」


「どこ直してるんですか?」


「この文字配置。なんか微妙で」


理緒は立ち上がり、誠さんのノートPCを覗き込む。


自然と距離が近くなる。


「……ここ、スペース半角にしたら収まりませんか?」


「……あ、ほんとだ」


少し操作する。


「バランス取れたな」


「終わりそうですか?」


「たぶんな」


そこでふと、距離が近いことに気付いた。


理緒は小さく身を引く。


「……それじゃ、おやすみなさい。ベッド、お借りします」


「おやすみ」


理緒は寝室へ入り、そっと扉を閉めた。


借りたスウェットへ着替える。


袖が長くて、少しぶかぶかだった。


ベッドへ横になる。


知らない部屋。

知らないベッド。

初めての外泊。


本来なら、もっと緊張して眠れないと思っていた。


でも、


扉の向こうから聞こえる小さな物音や、人の気配が、不思議と安心感をくれる。


理緒はゆっくり目を閉じた。


気付けば、そのまま静かに眠りへ落ちていた。

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