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まだ恋とは呼べない距離で  作者: rio
大学生編
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第29話 ピザパーティーとお泊り会

誠さんは、あの日以降、


「起業しない?」


と言わなくなった。


最初に気付いたのは、何でもない授業帰りに門の前で会った時だった。


「じゃ、またな」


「……はい」


それだけ。


前なら最後に必ず、半分挨拶みたいに言っていた。


『起業しない?』


でも、それがない。


理緒は最初、たまたまだと思った。


けれど、


次に会った時も。


その次も。


誠さんは普通に話して、普通に笑って、普通に別れるだけだった。


――言わない。


理緒は歩きながら、ぼんやり考える。


別に、言われなくなったから困るわけじゃない。


むしろ、あのしつこい勧誘がなくなったなら、静かになっていい――


――はずなのに、なぜか気になった。


そして数日後。


英会話の授業が終わったあと。


教室を出ながら、理緒は何となく口にしてしまった。


「……そういえば」


「ん?」


「最近、“起業しない?”って言わなくなりましたね」


言った後で、理緒は後悔した。


別に聞くつもりじゃなかった。


ただ、気付いたことが、そのまま口から出ただけだった。


誠さんは一瞬だけ目を丸くした。


それから、したり顔で笑う。


「まぁな」


それだけ言って、ひらひらと手を振る。


「じゃ、俺ゼミあるから」


「え……?」


理緒が反応する前に、誠さんはそのまま去っていってしまった。


理緒は、その背中を見送る。


「……どういうこと?」


意味が分からない。


考えても分からない。


その時。


理緒のスマホが震えた。


画面を見る。


送り主は誠さん。


しかも、CampUsConnect経由だった。


《会議やるから、今日の6限後、マンション来て》


理緒は眉を寄せる。


――そんな勝手な。


せめて確認とか、予定とか。


人を呼び出す言い方ではない。


理緒はスマホを見つめ、返信しようとして、止まる。


《今日は無理です》


そう打てば終わる。


別に、断ってもいい。


でも、


理緒は小さく息を吐いた。


結局。


6限後、理緒は大学から電車に乗っていた。


「……なんで行くんだろう」


誰に聞かせるでもなく呟く。


でも、答えは出なかった。


マンションの前に着く。


前回来た時と同じドア。


理緒は少しだけ緊張しながら、インターホンを押した。


『はーい』


すぐに誠さんの声が聞こえた。


数秒後、ドアが開く。


「お、来た」


誠さんは前と変わらない調子だった。


「……お邪魔します」


「どーぞ」


部屋へ入ると、前より少しだけ散らかっている気がした。


「理緒ちゃん、こんばんは」


奥から昌大さんが顔を出す。


「……こんばんは」


「今日、デザイン会議ね」


「デザイン……?」


「あとUI周り」


誠さんはピザの箱を開けながら言う。


「座って。その前に腹ごしらえ」


理緒はクッションへ腰を下ろした。


3人でピザを食べ始める。


「理緒ちゃんがまた来てくれるなんて嬉しいな」


昌大さんはピザを頬張りながら言う。


「来るつもりはなかったんですが……」


「でも来た」


誠さんは、飲み物を注ぎながら飄々と言う。


「……」


理緒は返す言葉もなく、もぐもぐとピザを食べ、誠さんから受け取ったコップのコーラをごくんと飲み込んだ。


3人でのピザパーティーが終わると、そのまま自然に会議が始まった。


誠さんがノートPCを開いて画面を見せる。


「で、ここまで修正した」


以前、理緒が指摘した位置情報周りの仕様だった。


共有範囲。


初期設定。


表示精度。


かなり変更されている。


「……ちゃんと直したんですね」


「そりゃな」


誠さんは軽く笑う。


「事故起きたら終わるし」


昌大さんが肩をすくめる。


「僕ら、めちゃくちゃ反省したからね」


理緒は少しだけ安心した。


でも。


画面を見ているうちに、また別の部分が気になり始める。


通知頻度。


プロフィール導線。


コミュニティ検索。


イベント公開範囲。


視線が自然と止まる。


誠さんは、その様子を見ていた。


「……神崎さん」


「はい」


「本当は気付いてること、いっぱいあるでしょ」


理緒の肩が、一瞬だけ揺れた。


「……別に」


「ある」


即答だった。


誠さんは逃がさない。


「その顔、完全に“気になってるけど言うか迷ってる顔”」


「そんな顔してません」


「してる」


昌大さんまで頷く。


「してるね」


理緒は言葉に詰まる。


誠さんは続けた。


「遠慮しなくていいから言って」


「……でも」


「言って」


理緒は少しだけ黙った。


画面を見る。


それから、小さく息を吐く。


「……イベント検索、条件が多すぎます」


「お?」


「普通の人は、細かく設定しません」


理緒は画面を指差す。


「カテゴリも曖昧です。“交流”と“雑談”の違いが分かりません」


昌大さんがメモを取る。


理緒は続けた。


「あと、プロフィール画像必須なの、抵抗ある人いると思います」


「匿名性下がる?」


「はい。特に女子学生は」


「なるほど」


誠さんは頷く。


理緒は止まらなくなっていた。


「通知も多いです。最初に疲れます」


「そんな来る?」


「来ます」


「マジか」


「あと、“おすすめコミュニティ”が人数順なのも危険です」


「危険?」


「新規コミュニティが埋もれます」


昌大さんが顔を上げる。


「……あー」


「強いコミュニティだけ強くなる設計です」


誠さんが少し笑う。


「神崎さん、やっぱそういうの見えるんだな」


理緒はそこで、ハッとした。


――しまった。


また、言い過ぎた。


理緒は視線を落とす。


「……すみません。色々言い過ぎました」


「全然」


誠さんは即答した。


「むしろ助かる」


そして、さらに追い打ちみたいに言う。


「まだあるだろ」


「……え?」


「神崎さん、“これくらいでやめとこう”って止めた時の顔してる」


理緒は黙る。


図星だった。


誠さんは頬杖をつく。


「全部言って」


理緒はしばらく迷った。


でも。


結局、また口を開いてしまう。


「……色合いが、少し不快感あります」


「色?」


「はい。長時間見てると疲れる気がします」


「えー、結構頑張ったのに」


昌大さんが苦笑する。


理緒は続けた。


「あと、文字サイズが微妙に小さいです」


「うっ」


「それと、“学生らしさ”を出したいのは分かるんですけど、全体的に内輪感があります」


部屋が少し静かになる。


理緒は言葉を選びながら続けた。


「初めて入る人が、“ここ馴染めるかな”って不安になるかもしれません」


昌大さんが少し眉を寄せた。


「……でも、それはユーザー側が慣れれば……」


「慣れる前に離れます」


理緒は反射的に返していた。


「最初に居心地悪い場所には、人は残りません」


「……」


「“合う人だけ来ればいい”だと、コミュニティは広がりません」


昌大さんの表情が少し強張る。


普段、おっとりした雰囲気の昌大さんが、珍しく早口になる。


「……それ、エンジニア側としては、かなり頑張って作ってるんだけど。字が小さいことは分かってるけど、大きくするとアイコンに干渉する部分もあって、あえてその大きさなんだ。色とか配置とかいろいろ試してて、とにかく時間掛けてんだよ!」


部屋に緊張感が広がる。


「昌大」


誠さんが静かに言う。


理緒はそこでようやく気付いた。


自分が、かなり踏み込んだことを言っている。


「……すみません」


理緒はすぐ視線を落とした。


「私、言い方が……」


「いや」


昌大さんは息を吐く。


「……悔しいけど、言ってることは分かる」


昌大さんは苦笑した。


「また、設計者都合になってた」


それから、理緒を見る。


「ごめん。感情的になってたね」


理緒は目を瞬かせる。


「……いえ。私も、言い過ぎました」


「いや、神崎さんは正論だった」


昌大さんは肩をすくめる。


「慢心してたかもなぁ」


部屋の空気が、少しだけ緩む。


誠さんはそんな二人を見ながら、小さく笑った。


「やっぱ神崎さんすごいね。俺たちに必要だと思う」


「……必要って言い方、やめてください」


「なんで?」


「……困ります」


誠さんは少しだけ目を細める。


でも、それ以上は何も言わなかった。


それから三人は、淡々と修正作業を進める。


「理緒ちゃん、できたよ。こんな感じ?」


「そうですね……私はプロではないですが……でも、さっきよりも見やすくなったと思います」


「じゃあ、ここは……こう?」


「それは、こっちがバランス悪くなってるぞ?」


「じゃあ、こっちを下げたらどうですか?」


「いいね……って、あれ? もう、こんな時間か」


気付けば、かなり時間が経っていた。


「……え」


理緒はスマホの時間表示を見て、目を見開く。


「もうこんな時間……」


日付を跨ぐ直前だった。


昌大さんが伸びをする。


「集中すると時間飛ぶね」


誠さんも時計を見る。


「終電大丈夫?」


理緒は慌てて電車アプリを開く。


そして。


「あ……」


「ん?」


「人身事故で、止まってます」


部屋は静まり返る。


理緒はすぐ立ち上がった。


「……帰ります」


「どうやって?」


「歩いて」


誠さんと昌大さんが同時に固まる。


「は?」


「家どこ?」


「永福町です」


「遠っ」


「1時間ちょっと歩けば着くと思うので、大丈夫です」


誠さんは即座に眉を寄せた。


「余計一人で帰せないだろ」


「でも……」


「最近この辺、不審者情報多いぞ」


理緒の動きが止まる。


誠さんは続けた。


「実家か?」


「……いえ。一人暮らしです」


「は!?」


誠さんが思わず声を上げる。


「お前、一人暮らしなの!?」


「……言ってませんでしたか?」


「聞いてねぇ!」


昌大さんが間に入る。


「理緒ちゃん、明日何限から?」


「1限です」


「なら、僕の部屋泊まっていく? 大学も近いし」


「え?」


「このマンションの下の階なんだ」


その瞬間。


「それはダメだ!」


誠さんが強めの声で言った。


部屋が止まる。


昌大さんが目を丸くした。


「え?」


「いや……」


軽く咳払い。


「わざわざ知らない部屋に移動しなくても、泊まるならこの部屋でいいだろ」


昌大さんがニヤッとする。


「なるほど?」


「違ぇよ」


「じゃあ、3人でお泊まり会だね」


「お前も泊まんのかよ」


「え? 理緒ちゃんと二人きりになろうとしてた?」


「ねぇよ」


即答だった。


理緒はそのやり取りを見ながら、小さく口を開く。


「……帰ります」


「「一人はダメ」」


誠さんと昌大さんの声が重なった。


理緒は黙る。


たしかに、


知らない夜道を一時間以上。


しかも、不審者情報もある。


安全とは言えない。


怖くないと言ったら、嘘になる。


理緒はしばらく迷ってから、小さく息を吐いた。


「……じゃあ、一晩だけお邪魔させてください」


誠さんは少しだけ安心したように息を吐いた。


昌大さんはニコニコと笑う。


「よし。お泊まり会だぁ」


「テンション高いな、お前」


「だって青春っぽいじゃん」


「大学生が終電逃しただけだろ」


そんな軽口が飛ぶ。


理緒は、そのやり取りを見ながら少しだけ不思議に思っていた。


男子大学生の部屋。


本来なら、もっと緊張すると思っていた。


でも。


怖さより先にあったのは。


――なんだか、変な人達。


そんな、少しだけ呆れるような感想だった。

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