もう恋とは呼べない距離で
毎日20時20分更新予定
全40話+番外編で完結となります。
晃サイドの続編を準備中です。
大学の講義を終えた帰り道。
晃は、いつものように電車へ乗り込むと、空いていた端の席へ腰を下ろした。
スマホを取り出しかけて、ふと顔を上げる。
何となく車内を見回した、その時だった。
――……あ。
数メートル先。
車内の反対側の端の席で、理緒がうたた寝をしていた。
鞄を抱え込むように座り、小さく上下する肩。 揺れるたび、柔らかな髪が頬へ落ちる。
イヤホンを片耳だけつけたまま、静かに眠っていた。
晃は、一瞬だけ目を見開く。
――なんで……。
偶然。
ただ、それだけだった。
それなのに、心臓が妙にうるさい。
晃は視線を逸らしかけて、また理緒を見る。
起きる気配はない。
数年ぶりに見た理緒は、少しだけ大人びていた。
それでも、知っているままの理緒だった。
――声、かける?
ふと、そんな考えが浮かぶ。
でも。
何て?
「久しぶり」?
それとも、 「たまたま見かけたから」?
頭の中で言葉を並べてみる。
どれも、不自然だった。
そもそも、自分たちは今、どういう関係なんだろう。
友達?
元恋人?
もう他人?
考えようとするほど、答えが曖昧になる。
晃は小さく息を吐いた。
理緒は眠ったまま、何も知らない。
自分だけが勝手に動揺している。
――別に、話しかける理由なんてないだろ。
そう思う。
けれど、視線を外せない。
電車が揺れる。
理緒の頭が小さく傾き、また元に戻る。
その何でもない仕草から、視線を外せなかった。
車内アナウンスが流れた。
晃は顔を上げる。
自分が降りる駅だった。
――あ……。
立つべきなのに、身体が動かない。
理緒はまだ眠っている。
このまま乗っていれば、もう少しだけここにいられる。
でも。
だから何だ。
晃はゆっくり立ち上がる。
ドアの前へ向かいながら、一度だけ振り返った。
理緒は、変わらず眠っていた。
電車が減速する。
ドアが開く。
晃はホームへ降りた。
春の風が吹き込む。
後ろ髪を引かれるような感覚を抱えたまま、振り返る。
車内の理緒は見えなかった。
プシューッ、と音を立ててドアが閉まる。
その瞬間。
晃は、自分が息を止めていたことに気付いた。
肺の奥が、じわりと苦しい。
息をゆっくりと吐く。
発車ベルが鳴る。
電車はゆっくり動き出し、そのまま晃の前を通り過ぎていく。
晃は黙ったまま、それを見送った。
もう、引き返せない。
その事実だけが、静かに胸へ沈んでいく。
氷を落とされたみたいに、胸の奥が冷たかった。




