第23話 決定と選択肢
毎日20時20分更新予定
全40話+番外編で完結となります。
晃サイドの続編を準備中です。
クリスマスイブ前日の夕食の席。
クリスマスイブの話が、母の口から出た。
「今年のクリスマスイブは、去年と同じレストランに行きましょう」
理緒は、すぐには意味を理解できなかった。
「……家族で?」
「うん。毎年そうしてきたでしょ」
その言葉に、記憶が少しだけ重なる。
確かに、そうだった。
小さい頃から、クリスマスイブは家族で過ごしてきた。
母は続ける。
「今年は特にね。お兄ちゃん、来年は受験でしょ。そのあと大学に行ったら、たぶん留学するって言ってるし」
一瞬だけ、空気が変わる。
「……だから、今年が最後みたいなものなのよ。家族でちゃんと過ごせるの」
理緒は黙る。
“最後”
その言葉だけが、少しだけ引っかかる。
母は柔らかく言う。
「だから終業式の後、早く帰ってきてね。お兄ちゃんを駅まで迎えに行かなきゃいけないし」
それは決定だった。
---
夕食後。
理緒は部屋に戻って、しばらくベッドに座っていた。
スマホを手に取って画面を開く。
指が少し止まる。
——言わなきゃ。
そう思うのに、すぐには動かない。
やがて、ゆっくり打つ。
«クリスマスイブ、家族で過ごすことになりました»
言葉を選びながら、何度も打ち直し、結局一番最初の言葉に戻る。
«すみません»
送信。
既読はすぐについた。
少しして返信。
«そっか»
短い。
理緒はその文字を見つめる。
そのあと、すぐに続く。
«じゃあ、その前に少しだけでも会えない?»
理緒の心は惹かれる。
でも、すぐに別の感覚が重なる。
——せっかく時間を作ってもらっても、少ししか会えないかもしれない。
——また、予定を変えさせてしまうかもしれない。
先輩の「我慢する」という言葉が浮かぶ。
それが優しさだと分かっているのに、
どこかで重く感じてしまう自分もいる。
理緒は打つ。
«せっかく時間を作ってもらっても、あまり会えないかもしれません»
送信。
すぐ返る。
«それでもいい»
即答。
その強さが、少しだけ痛い。
理緒はもう一度打つ。
«でも、いつも先輩が私に合わせてくれている気がして»
送信。
少し間。
«問題ない»
またすぐ返ってくる。
そして続く。
«会いたいから会ってるだけだろ»
その言葉に、理緒は息を止める。
嬉しいはずなのに、
安心しきれない。
理緒はゆっくり打つ。
«でも、私が先輩を苦しめているなら、それは違う気がします»
送信。
先輩からすぐ返信がくる。
«苦しくない»
短い。
強い。
でも、その奥に少しだけ焦りが見える気がした。
理緒は画面を見つめる。
本当は分からない。
どちらが正しいのかも。
ただ、ひとつだけ分かる気がしていた。
このままだと、
何かがどんどん“無理な形”になっていく。
また打つ。
«今のままだと、私も少し苦しいです»
送信。
既読。
数秒の沈黙。
先輩からの返信。
«……なにが?»
理緒は答えられない。
なにが、と言われても、
はっきりした理由はない。
でも、全部が少しずつ重い。
夜に出ること。
母に隠すこと。
予定を変えさせてしまうこと。
先輩が「我慢する」と言うこと。
それら全部が、ひとつの形になって胸に残っている。
理緒はゆっくり打つ。
«うまく言えません»
送信。
そして、少しだけ迷ってから続ける。
«でも、このまま続けるのは、もう違う気がします»
送信。
既読。
しばらくして。
«違わない»
その一言。
理緒はスマホを握る。
胸の中がざわつく。
“続ける理由”も、“やめる理由”も、
どちらも決定的じゃない。
ただ、この状態がずっと続くのが怖かった。
ゆっくり打つ。
指先が少し震えている。
«……先輩を幸せにできるのは、私じゃないと思います»
送信。
すぐに返信。
«は?»
一瞬。
そして続く。
«何それ»
理緒は目を閉じる。
さらに来る。
«理緒はどうしたいんだよ»
その言葉で、全部が止まる。
どうしたいのか。
分からない。
でも、分からないまま続けるのが怖い。
このまま会えば、
また嬉しくなって、
また苦しくなって、
また同じことを繰り返す気がした。
理緒は打つ。
«これ以上続けると、どんどん分からなくなる気がします»
送信。
少しの間。
先輩から。
«じゃあどうすんだよ»
理緒は画面を見つめる。
答えは、どこにもない。
でも、ひとつだけ“消去法”みたいに浮かぶ。
続けない以外に、楽になる方法が思いつかなかった。
理緒はゆっくり打つ。
«……やめた方がいいのかもしれません»
送信。
既読。
長い沈黙。
そして、先輩から。
«やめるって何»
理緒は、その言葉を見つめる。
ただの先輩後輩とも、恋人とも違う、名前のない関係。
だから、“やめる”の意味も曖昧だった。
でも、言葉にするしかなかった。
理緒は打つ。
指を止めずに。
«これ以上会うのをやめるということです»
送信。
すぐに既読。
でも、返信はしばらく来なかった。
数分後。
«……意味わかんない»
それだけ。
理緒はスマホを握ったまま、動けない。
少しして、最後の一通。
«俺はやめたくない»
«理緒が勝手に決めてるだけだろ»
理緒の胸が痛む。
でも、それも分かる。
自分でも、正しいとは思っていない。
だからこそ、最後に打つ。
«先輩を縛る関係は、正しくないと思います»
送信。
そして、一拍置いて。
«ごめんなさい»
送信。
既読。
沈黙。
やがて。
«……分かった»
その一言だけ。
理緒はスマホを少し投げるようにベッドに置く。
天井を見上げる。
胸の奥には、何も整理されていない感情だけが残る。
嬉しかったことも、
苦しかったことも、
全部まだ途中のまま。
ただひとつだけ、確かなことがあった。
“終わった”のではなく、
“続けられなかった”のだということ。
――この日の決断が、間違っていたことを、大人になった今なら分かる。でも、この日の私には、それ以外の選択肢はなかった――




