第22話 正しさと我慢
毎日20時20分更新予定
全40話+番外編で完結となります。
晃サイドの続編を準備中です。
夜の玄関は、いつもより重く感じた。
ドアを開けた瞬間、母の声が飛んでくる。
「理緒」
怒鳴るわけではない。
でも、短い声だった。
反射的に背筋が伸びる。
「……はい」
リビングに入ると、母はキッチンに立ったままこちらを見ていた。
表情は怒っているというより、感情を抑えているように見えた。
「今日、遅くない?」
「……ちょっと、話してて」
「“ちょっと”じゃないでしょ。前より遅いじゃない」
理緒は言葉に詰まる。
母は一歩近づく。
「誰と?」
その問いで、空気が変わる。
「……友達です」
「夜に?」
「……塾の帰りに」
母はため息をつく。
「理緒」
その声は、少しだけ強くなった。
「何度も言ってるけど、夜に出歩くのはやめなさい」
理緒は視線を落とす。
「……ごめんなさい」
「謝るなら、やめられる?」
その問いに、答えは出なかった。
沈黙。
母はそれ以上責めなかったが、許したわけでもなかった。
「もう遅い時間に外で話すのは禁止。分かった?」
「……はい」
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部屋に戻ると、ドアを閉めた瞬間に力が抜けた。
ベッドに座る。
スマホを開く。
指が重い。
――どう伝えればいいんだろう。
先輩に、母に強く言われたことをそのまま伝えるのは違う気がした。
でも、隠すのも違う気がした。
迷いながら打つ。
«ちょっと、お母さんに怒られてしまいました»
少し考えて、続ける。
«夜の外出は控えるように言われました»
そこで一度止まる。
本当はもっと厳しかった。
でも、そのままは言えない。
だから濁す。
«ごめんなさい»
送信。
既読はすぐについた。
数秒後。
«仕方ない。連れ出してごめん»
理緒の胸が少しだけ締まる。
すぐに、また続く。
«会える時、会おう»
理緒は指先で唇に触れる。
先輩の言葉に応えたい。
なのに、不安も混ざる。
打つ。
«先輩にも、無理させてしまっている気がしていて……»
送信。
すぐに返ってくる。
«無理してない»
短い。
でも、その言葉の奥に焦りのようなものが見える気がした。
理緒は画面を見つめる。
また打つ。
«私のために時間を使わせてしまって、大丈夫ですか»
送信。
少し間。
そして――
«だから大丈夫だって»
続けて、
«むしろ、会えない方が無理»
理緒の指が止まる。
その言葉に、嬉しさと、少しだけ重さを感じる。
また少し時間が空く。
そして、先輩から。
«受験終わるまではちゃんとやる。夜会えなくても我慢する»
«だから、クリスマスだけは会いたい»
理緒の胸が、きゅっと鳴る。
――私も会いたい。
その必死さも分かる。
理緒は息を吐く。
何が正しいのか、分からない。
このまま側にいたい。
でも、どう続けていけば正しいのかも分からない。
どちらも、完全には選べなかった。
だから、曖昧なまま応える。
«分かりました。クリスマスイブ、楽しみにしてます»
送信。
すぐに返事が来る。
«絶対な»
理緒は小さく頷くように画面を見て、
«はい»
と返した。
スマホを置く。
部屋は静かになる。
胸の奥に残っているのは、今日の幸せな時間と、後ろめたさ。
その間で揺れる、まだ名前のつかない感情だった。
理緒は目を閉じて、ベッドに倒れ込む。
まだ、答えは決まっていないまま。




