第21話 流星群と一瞬
双子座流星群の夜。
«流星群みたくない?»
スマホの画面に表示された短い一文を見た瞬間、理緒の胸が小さく跳ねた。
窓から外を見ると、暗い夜道の先に、先輩の姿があった。
自転車を押しながら、こちらに向かって手を振っている。
――何日ぶりだろう。
理緒は一度だけ息を吸って、すぐにメッセージを打つ。
«少しだけなら大丈夫です»
送信してから、そっと部屋を出る。
階段を降りる途中で、母の声が聞こえた気がした。
でも振り返らなかった。
玄関を開けると、夜の空気が冷たく頬に触れた。
「よっ」
先輩は白い息といつもどおりの声で言った。
でも、その声は疲れているようにも聞こえた。
「……塾、終わったんですか?」
「うん……。今日は自習をちょっと早く切り上げた」
軽く言って笑う。
「行こうか」
先輩が自転車を押しながら歩き出す。
理緒は小さく頷いて、その隣に並んだ。
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公園は、誰もいなかった。
二人きりでベンチに座ると、先輩は空を見上げる。
「今日、双子座流星群なんだってさ」
「……はい。ニュースで見ました」
「ちゃんと見たことなかったからさ」
少しだけ間。
「見てみたくて。神崎と」
理緒は、その横顔を見てしまう。
少し痩せたように見えた。
目の下も、わずかに影があるように見える。
「……受験まであとわずかですね。忙しいですよね」
「まぁな」
先輩は笑ってごまかす。
でも、その笑いはいつもより柔らかかった。
沈黙が落ちる。
夜空は澄んでいて、まだ流れ星は見えない。
「神崎さ」
先輩がぽつりと言う。
「最近どう?」
「私は……相変わらず、未来と仲良くしてますよ」
誤魔化すように言って、少しだけ迷う。
「でも……先輩のほうこそ、どうですか」
先輩は一瞬だけ黙る。
「俺は平気」
そう言ってから、空を見上げた。
その“平気”は、少しだけ不器用な優しさだった。
しばらくして。
空に、光が走った。
「「あ」」
二人揃って小さく声を漏らす。
お互いの顔を見合わせて、二人で笑う。
「見れましたね」
「うん……見れた」
一つ、また一つ。
夜空を横切る光。
二人から言葉が消えていく。
ただ、見ていた。
気づけば、理緒の肩に温もりを感じる。先輩の肩が優しく触れていた。
お互い離れようとしないまま。
流れ星が消えるたびに、胸の奥が少しずつ満たされていく。
「綺麗だな」
先輩の声が、静かに落ちる。
「……はい」
理緒は小さく頷いた。
その声は、さっきよりずっと柔らかかった。
嬉しさが、静かに胸の奥を満たしていく。
理緒は無意識にそっと先輩の袖を掴んでいた。
先輩が少しだけ驚いたように振り向く。
「……神崎?」
理緒は言葉が出なかった。
先輩は、理緒の表情を確かめるように見つめる。
理緒は、上目遣いに先輩のほうへ視線を向け、小さく微笑む
「……今日、会えて嬉しいです」
先輩は少しだけ目を細める。
そして、ゆっくりと息を吐いた。
「……帰る時間、少し遅くなるな」
小さく笑う。
でもその笑いは、今この瞬間を惜しむような優しさだった。
理緒の胸がきゅっと鳴る。
「……先輩」
呼んだだけで、それ以上は続かない。
ただ、真っ直ぐに先輩を見つめる。
先輩は一瞬だけ迷ってから、そっと理緒の頬にを包み込むように大きな手を添えた。
軽い触れ方。
でも、逃げない。
理緒は目を閉じる。
先輩の硬く厚い手のひらが、理緒の顎を優しく持ち上げる。
次の瞬間、ほんの一瞬だけ唇に触れる。
確かめるようで、でも迷いのない、やわらかい時間。
離れたあと、夜の空気がまた戻ってくる。
理緒がゆっくり瞼を開くと、優しく覗き込むような先輩の目と目が合う。
どちらもすぐには言葉が出なかった。
でもそれは、困惑ではなく、余韻だった。
理緒の胸の奥は、じんわりと温かく満たされていく。
先輩は少しだけ照れたように視線を逸らす。
「……やば」
小さく笑う。
「帰らないと」
その声も、どこか嬉しさを隠しきれていない。
理緒も小さく頷く。
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帰り道。
並んで歩く距離は、さっきより近く感じる。
公園の出口で、先輩は立ち止まる。
「……理緒」
呼び方が、少しだけやわらかい。
「ん……はい」
先輩はしばらく黙っていた。
言うか迷っているのが分かった。
「……こういうの、さ」
少しだけ笑う。
「また、してもいい?」
理緒は一瞬だけ止まる。
でもすぐに、その意味が温かく胸に落ちる。
理緒は、頬が熱くなっていることを悟られないように俯く。
「……はい」
それ以上の言葉は要らなかった。
先輩は目を細める。
「じゃ、帰ろ」
それだけ言って、理緒の家の前まで並んで歩く。
お互い、少しだけ照れたまま。
家の前まで来ると、先輩は温かい手をポンと理緒の頭におく。
そして、先輩は自転車に跨がると、ペダルを踏む前に、もう一度だけ理緒を見る。
優しく笑いかける。
そして、軽く手を振って走り出した。
理緒はその背中を見送る。
夜空は静かに輝いている。
流星群は、もうただの背景じゃなかった。
胸の奥に残っているのは、痛みではなく、確かな温かさだった。
理緒は振り返って家の門をくぐる。




