第20話 志望校とクリスマスイブ
テスト期間中の昼休み。
理緒は未来と机を囲んで話していた。
「お兄ちゃんの巻き添えで塾行かされるかも」
未来は単語帳をめくりながら、軽くため息をつく。
「藤森先輩、塾頑張ってるみたいだね」
理緒は何気なく言う。
「そう。週5で塾だよ。志望校ヤバいみたい」
その言葉に、胸の奥が少しだけ強く締まる。
「……そうなの?」
思わず、確認するように聞き返してしまう。
「うん。私は、塾はまだ週1の予定だけど、部活のない日はお兄ちゃんと一緒に塾行って自習室で勉強してこいって言われてさ。もう最悪」
未来は不満そうに頬を膨らませる。
「……それは、大変だね」
理緒はそれ以上踏み込まず、軽く相槌を打つ。
そのあとは、未来の話が頭の中をすり抜けていく。
何となく、それっぽい返事だけを返してやり過ごす。
――やっぱり、余裕ないんだ。
理緒の中で、先輩の無理したような笑顔が静かに浮かぶ。
そしてそれは、しばらく消えなかった。
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放課後。
理緒と先輩は、いつものように、図書室の席に並んで座っていた。
ペンの音だけが、静かに重なる時間。
少しして、理緒はふと視線を落としたまま口を開いた。
「……藤森先輩、志望校……厳しいですか?」
ペンの動きが、一瞬だけ止まる。
先輩はすぐには答えなかった。
ノートを見たまま、小さく息を吐く。
「……また未来から聞いたか。うん。正直、ちょっと焦ってる部分もある」
その言葉は、いつもの軽さを失っていた。
理緒は俯いたまま、小さく呟く。
「……そうなんですか」
「うん。でも、まだ諦めてるわけじゃない」
先輩はそこで優しく笑う。
「ちゃんとやってるからさ」
そして、間を置いて、続ける。
「だから……ひとつだけ、いい?」
理緒は小さく頷く。
「クリスマスイブさ、会えないかな」
その言葉に、理緒の手が止まる。
「……クリスマスイブ、ですか?」
「うん。塾もあるし、会えるの夕方近くなっちゃうかもしれないけど」
先輩は少しだけ視線を逸らす。
しかし、すぐに真っ直ぐな瞳が理緒を捉える。
「でも、その日くらいは……短い時間になっちゃうかもしれないけど、会いたい」
理緒はすぐには答えられなかった。
頭の中で、予定が一瞬だけ浮かんで消える。
家族のこと。
母の顔。
そして、また“断れない理由”が重なりかける。
それでも、その前に。
先輩の言葉が、眼差しが残っていた。
――会いたい。
理緒は小さく息を吸う。
「……私も、その日なら」
一瞬の躊躇い。しかし、
「大丈夫、だと思います」
言い切る直前に、わずかな迷いが混ざる。
「ほんと?」
先輩の表情が柔らかくなる。
「はい」
理緒は小さく頷く。
先輩はノートを閉じる。
「じゃあさ、ちゃんと計画しとく」
少しだけ、いつもの軽さが戻る。
その軽さは、安心させるためのものにも見えたし、
自分に言い聞かせるためのものにも見えた。
理緒は何かが胸の奥が引っかかるのを感じる。
「……はい」
それ以上は言えなかった。
先輩は小さく笑う。
「楽しみ」
図書室の静けさは変わらない。
けれど、その中の空気だけが、ほんの少しだけ変わっていくのを感じた。




