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まだ恋とは呼べない距離で  作者: rio
中学生編
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第19話 忠告と焦り

スマホに着信がある。


窓から見下ろすと、藤森先輩は、いつものように理緒の家の前にいる。


「よっ」


玄関を開けると、先輩が短く手を上げる。


それだけで、今日も来てくれたんだと、胸の奥が少しだけくすぐったくなる。


「お疲れ様です」


理緒も小さく返す。


二人は並んで歩き出し、近くの公園へ向かう。


ベンチに座って、他愛もない話をする。


塾のこと。

学校のこと。

ほんの少しの近況。


長くはいられない。


だからこそ、その短い時間に、ぎゅっと一日分の何かを詰め込むみたいに話す。


気づけば、さっきまであったはずの距離も、自然と縮まっている。


「じゃ、そろそろ帰る」


先輩が立ち上がる。


「はい」


理緒も立ち上がる。


ほんのひととき。


それだけなのに、胸の奥が少しだけ満たされる。


同時に、どこか足りないまま。


公園から家まで、また並んで歩く。


ほんの一分もかからない距離。


それでも、その時間が終わるのが分かっているからか、少しだけゆっくり歩いている気がした。


家の前に着くと、先輩は「じゃ」とだけ言って自転車に跨る。


理緒は何も言えないまま、小さく頷く。


自転車が走り出す。


見えなくなる寸前、先輩が振り返って軽く手を振る。


理緒もそれに、小さく手を振り返す。


いつも通りのやり取り。


それが終わると、急に静かになる。


理緒はそのまま玄関へ向かい、ドアを開ける。


「理緒」


母の声に、足が止まる。


振り向くと、キッチンの方からこちらを見ていた。


「最近、夕食のあと外に出てるよね」


一瞬だけ、言葉を選ぶ。


「……うん」


小さく頷く。


「友達が、塾の帰りに寄ってくれてて……ちょっと話してるだけ」


嘘ではない。


でも、全部でもない。


母は少しだけ眉を寄せる。


「夜に出歩くのはよくないわ。女の子なんだから」


静かな声。


でも、はっきりとした線引きだった。


理緒は少しだけ視線を落とす。


「……気をつけます」


それ以上は言えなかった。


---


部屋に戻る。


ドアを閉めて、ベッドに腰を下ろす。


小さく息を吐く。


——やっぱり、そうだよね。


分かっていたこと。


でも、言葉にされると、少しだけ重くなる。


机の上のスマホに手を伸ばす。


画面を開いて、しばらく指が止まる。


それから、ゆっくり打ち込む。


«最近、夜に出てること、お母さんに言われちゃった»


送信。


少し迷って、続ける。


«今までみたいに出られなくなるかもしれません»


送信。


まだ、どこか足りない気がして、さらに打ち込む。


«でも、禁止されたわけじゃないので、時々なら大丈夫だと思います»


送信。


指を止めたまま、画面を見る。


既読はすぐについた。


少しして、返信が届く。


«分かった»


続けて、もう一通。


«会えるときでいいから»


理緒はその文字を、しばらく見つめる。


短い言葉。


何も責めない。


無理もさせない。


でも。


ほんの少しだけ、そこに残った言葉が引っかかる。


——会えるときでいいから。


優しい言い方。


でも、それはつまり。


——会いたい、ってことだよね。


スマホをベッドに置いて、天井を見る。


——また、だ。


ふと、そう思う。


自分の意思じゃない。


本当は、もっと会いたい。


少しくらいなら、って反発することもできたかもしれない。


でも。


母に言われて、

夜だから、

女の子だから。


そう言われたら、

「やっぱりそうなんだ」と思ってしまう。


「……」


小さく息を吐く。


胸の奥に、引っかかるものが残る。


正しいことを言われたはずなのに、

どこかだけ、少しだけ違う気がする。


でも、その違いをうまく言葉にできない。


——それでも、会えなくなるわけじゃない。


そう思う。


時々なら大丈夫。


ちゃんと説明すれば大丈夫。


そうやって、形を整えればいいだけ。


そうすれば、今まで通りでいられるはず。


なのに。


ほんの少しだけ、


今まで通りじゃなくなっていく気がした。


理緒は目を閉じる。


自分がどうしたいのか、


まだ、はっきりとは分からなかった。


---


再び、先輩と過ごす時間がなくなってから数日。

中間テスト期間が訪れる。


放課後。


理緒は図書室のいつもの席に座る。

隣の席に鞄を置いて、ノートを出すと、テスト範囲の確認を始める。


理緒が席についてすぐ、


「ここ、いい?」


鞄を置いた席を指して声がかかる。


「あ……はい」


理緒は、最初からそのつもりだったように鞄を退け、席を譲る。


藤森先輩がそこに座る。


「久しぶり」


「お久しぶりです。すみません。また……私の都合で……」


言いかけたところで、先輩が軽く首を振る。


「うん。……寂しかった。せっかく塾が楽しくなってきたところだったから」


「……すみません」


反射みたいに謝ってしまう。


先輩はすぐに小さく笑った。


「冗談。神崎は悪くない」


いたずらっ子な笑いを見せる先輩に、理緒は少し戸惑う。


「……勉強、順調ですか?」


話題を変えるように理緒が言う。


「……ん。まぁ……ぼちぼち」


少し曖昧な返事。


その一瞬の間に、ほんのわずかな引っかかりを覚える。


「先輩の志望校は、決まってるんですか?」


「うん。けやき教育大学附属高校」


「先生になるんですか?」


「まだ夢だけどね。親が教員だから……」


「すごいです。応援します。……じゃあ、ちゃんと勉強しないとですね」


軽く笑って言うと、


「……うん」


先輩は短く頷いた。


その声は、少しだけ沈んでいた気がした。


理緒は気づかないふりをして、自分のノートを開く。


二人は、少し名残惜しそうにそれぞれのページへ視線を落とした。

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