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まだ恋とは呼べない距離で  作者: rio
中学生編
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19/48

第17話 祖母としるし

毎日20時20分更新予定

中学生編完結まで執筆済み

全50話前後を予定しています

カレンダーで見るたびに、理緒は意味もなく指先でしるしをなぞる。


でも、その日を意識しすぎるのも変だと思って、すぐに考えるのをやめる。


——まだ、少し先の話。


そう思っていた。


---


8月8日。


夕方、家の電話が鳴った。


母が受話器を取る。

最初は普通の声だったのに、すぐに空気が変わる。


「……え?」


短い沈黙。


それから、母の声が少しだけ揺れた。


「分かりました……すぐ行きます」


受話器を置いたあと、

母はしばらく動かなかった。


そして、静かに言った。


「おばあちゃんが……危ないみたい」


理緒は一瞬、言葉の意味を探す。


「……え?」


すぐには現実にならない言葉だった。


---


夜。


食卓で、母が淡々と話す。


「明日から、私と理緒でおばあちゃんのところに行くから」


理緒は箸を持ったまま止まる。


「……明日?」


「うん。できるだけ早く行かないと」


理緒は視線を落とす。


「……でも」


言葉が続かない。


喉の奥に引っかかる。


「友達と……約束してて」


それは、小さな抵抗だった。


母は少しだけ困った顔をする。


「でも、お父さんも仕事でいない日あるし。だから理緒は一緒に来るの」


「大丈夫だよ。パパがいない日はお兄ちゃんだって、一人になっちゃうよ」


兄の箸が止まる。

少し言葉を選ぶように言う。


「俺は高校生だから大丈夫だよ。それに、父さんいなくて、二人きりの方が困るだろ」


――困る?何に?


理緒はそれ以上何も言えなくなる。


「理緒はママと行くのよ。お友達には悪いけど、まだ今度にしてもらって」


それは決定だった。


選択肢としてではなく、

もう決まっていることとして。


---


夕食を終えて部屋に戻る。

理緒はベッドに座ったままスマホを見つめていた。


画面の中にある名前。


——藤森先輩。


指が少しだけ動かない。


息を一度だけ吸って、

ゆっくりメッセージを打ち込む


«ごめんなさい»


打ったあと、しばらく止まる。


それだけでは足りない気がして、

でも言葉が見つからない。


もう一度、画面を見つめてから続ける。


«8月10日、行けなくなってしまいました»


送信。


すぐには返事が来なかった。


その時間が、やけに長く感じる。


スマホを握ったまま、

何もしていないのに胸の奥が落ち着かない。


数分後。


通知が鳴る。


«そっか»


短い一文。


理緒はその文字をじっと見る。


それだけなのに、

少しだけ胸が痛くなる。


さらに続けて、メッセージ。


«仕方ないよ»


少しだけ間。


そして、


«残念だけど»


その後にもう一つ。


«気にしないで»


理緒は画面を見つめたまま動けなかった。


“気にしないで”


その言葉が優しいのかどうか、

すぐには分からなかった。


でも、

ちゃんと分かることもあった。


——残念、なんだ。


その一言だけで、

胸の奥が小さく沈む。


少しして、指が動く。


«ごめんなさい»


それだけ送って、

スマホを胸の前で握りしめる。


数秒後。


新しい通知。


«また今度、ちゃんと予定立てよう»


その文字を見て、

理緒は小さく息を吐く。


胸の奥の痛みが、

少しだけ形を変える。


消えないまま、

でも少しだけ柔らかくなる。


理緒はゆっくりと打つ。


«はい»


そして少し迷ってから、続ける。


«楽しみにしてます»


送信。


画面を伏せる。


ベッドに倒れ込む。


天井を見上げながら、

理緒はぼんやりと思う。


約束をする前に戻っただけ。


ただ、それだけのはずなのに。


どうしてこんなに、

“残ってしまう”んだろう。


胸の奥に、

言葉にならないものが静かに沈んでいった。


---


祖母は、皆が思っていたよりも持ちこたえ、母の実家で過ごす期間は2週間を越えた。


とうとう、優しくも逞しかった祖母の命の灯火が消え、母や叔父、伯母が悲しみにくれる姿を、理緒は少し他人事のように眺めた。


慌ただしく葬儀が行われ、8月31日。

理緒と母はやっと家に帰った。


久しぶりの自分のベッドに安心する。


その時、カレンダーのしるしが目に入る。


まだ処理しきれない感情が理緒の心を重くする。


――明日から学校だ。


どんな顔で会えば良いか考えながら、理緒の瞼は閉じていく。

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