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まだ恋とは呼べない距離で  作者: rio
中学生編
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18/48

第16話 帰省と誕生日

夏休み初日。


玄関のドアが開く音がして、理緒はリビングから顔を上げた。


「ただいま」


少し低くなった声。


スーツケースを引いた兄が立っている。


「……おかえり」


自然に出た言葉のはずなのに、どこか距離だけがある。


兄は一瞬だけ笑って、


「久しぶり」


それだけ言った。


それ以上、続かない。


——前は、こんなんじゃなかった。


そう思いかけて、理緒は視線を逸らした。


---


夜。


家族での外食。


誕生日祝いも兼ねて、少しだけ落ち着いた店に来ている。


料理が運ばれて、グラスの音が軽く重なる。


「理緒、この前のテスト結果見たわよ」


母が自然に切り出す。


理緒の手が、ほんの少しだけ止まる。


「……うん」


「また、全体的に75点くらいだったわね」


理緒は小さく頷く。


「うん……」


「中学入ってからずっとそのくらいよね……その……小学校の時はもっと出来てたのに」


責めているわけじゃない。


でも、“見ている”感じはある。


逃げ場はない。


「夏休み、塾とか考える?」


母はあくまで穏やかに言う。


「夏休み後半からの夏期講習もあるみたいよ」


理緒はすぐに答えられない。


視線が、皿の上で止まる。


——塾。


頭の中で言葉だけが浮く。


行けと言われれば、行く。

やれと言われれば、やる。


でも。


「……」


何も言えない。

決められない。


その沈黙だけが、少し長くなる。


「……いらないんじゃない?」


その空気に、兄の声が落ちる。


理緒の視線が、わずかに動く。


兄はグラスを指でなぞりながら続ける。


「理緒、やろうと思えば自分でやるタイプだろ」


一瞬だけ、理緒の方を見る。


すぐに視線を外す。


「それに、今日は理緒の誕生日だろ。別の話しよう」


軽い言い方。


でも、何か別の意図を感じた。


父が少しだけ眉を動かす。


「そうだな……。達也、お前の寮での生活はどうだ?」


母も小さく頷く。


「先生からお電話があって、寮長に立候補したって聞いたわ」


話題が兄の寮生活に移り、理緒は、その輪の中にいない気がした。


「……まぁ……寮生活楽しんでるよ」


兄はそれ以上何も言わない。


フォローもしない。


ただ黙っている。


——“やろうと思えばできる”。


その言葉だけが、頭の中に残る。


それって。


——今はやってないってこと?

——今はできてないってこと?


そこまで考えて、


ふと、別の方向に歪む。


——これ以上やられたら、困るから?


一瞬だけ、胸の奥が冷える。


「理緒?」


母の声で、現実に戻る。


「どうしたの?」


理緒は顔を上げる。


少しだけ時間を置いて、


「……お兄ちゃん、寮生活楽しんでるんだね」


それだけ言う。


でも、それ以上は出なかった。


その時、スマホが震える。


テーブルの上。


視線だけを落とす。


表示された名前。


——藤森先輩。


心臓が、強く鳴る。


そっと手に取る。


誰にも見えない角度で、画面を開く。


«誕生日おめでとう»


短い一文。


それだけ。


なのに。


胸の奥が、一気に温度を持つ。


——会いたい。


一瞬で、そう思った。


この場じゃなくて。


ここじゃなくて。


あの人の隣にいたい。


すぐに否定する。


そんなこと、考える必要はない。


今日は家族の時間。


誕生日なんだから。


そう思うのに。


画面の文字から、目が離れない。


「理緒は、夏休みは予定あるのか?」


父の声。


「……うん……友達と」


慌ててスマホを伏せる。


何もなかった顔をする。


でも。


さっきの一言だけが、消えない。


食事はそのまま続く。


父と母の会話。


兄の相槌。


いつも通りの空気。


なのに。


理緒の意識だけが、どこかずれていた。


帰り道。


店を出て、夜風に当たる。


少しだけ涼しい。


兄が隣に並ぶ。


少しの沈黙。


何か言いかけて、


やめる。


その気配だけが伝わる。


「……ちゃんと寝ろよ」


ぽつりと落ちる言葉。


理緒は一瞬だけ顔を上げる。


「え?」


「いや……それだけ」


視線は合わない。


それ以上も、ない。


——それだけなんだ。


そう思ってしまう自分がいた。


「……うん」


小さく頷く。


それで終わる。


ポケットの中のスマホ。


さっきのメッセージ。


——誕生日おめでとう。


たったそれだけなのに。


どうして。


こっちの方が、


ちゃんと“見てくれている”気がするんだろう。


理緒は小さく息を吐く。


答えはまだ出ない。


でも。


もう、分かり始めている。


自分が、


どこを向いているのか。

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