第13話 約束と連絡先
毎日20時20分更新予定
中学生編完結まで執筆済み
全50話前後を予定しています
下校時刻。
理緒が昇降口まで降りてくると、いつもの場所で先輩が待っていた。
視線が合う。
理緒は少しだけ気恥ずかしそうに言う。
「……お待たせしました」
先輩は肩をすくめる。
「……待ちたくて待ってるから」
「ありがとうございます」
「どう、いたしまして……」
間の空いたやり取り。
昨日よりも、ぎこちなく感じる。
理緒は視線を落としながら歩き出す。
「そういえば……昨日、ゲームしてたんですか?」
先輩が一瞬だけ眉を上げる。
「なんで知って……未来が言ってた?」
「はい」
「何て?」
「先にソファに座ってたのに、お兄ちゃんに取られたって」
理緒は小さく笑う。
先輩は軽くため息をついた。
「いや、あいつが勝手にどいたんだよ。飲み物取りに行くって言って」
「でも、戻ったら取られてたんですよね」
「……まあ、そうだけど」
「やっぱり怒りますよ、それは」
くすっと笑う。
先輩は照れたように視線を逸らす。
「……なんだよ」
「いえ……やっぱり仲いいなって思って」
「普通だよ」
「未来も同じこと言ってました。“普通だよ”って」
少しだけ間を置いて、
「私の兄のほうがいいって」
先輩がちらっと理緒を見る。
「神崎も兄いるんだ」
「……はい。三つ上です」
理緒は空を見上げて遠くを眺める。
「今は、全寮制の高校に行ってて……あんまり会わないですけど」
先輩は短く「へえ」と返してから、
ほんの一瞬だけ考えて、
「……じゃあ、寂しいな」
ぽつりと落とす。
その言葉に、理緒の足がわずかに遅れる。
「……寂しい……ですかね?」
自分でも、うまく答えられていないと分かる声だった。
先輩は少しだけ歩幅を緩める。
「……会えないの、平気なのか?」
理緒は答えようとして、言葉が止まる。
頭の中に、ぼんやりと浮かぶ。
——兄の、少しだけ沈んだ顔。
でも、それが「寂しい」と結びつくかは分からない。
理緒は小さく息を吐く。
「……あんまり、そういうふうに考えたことなくて」
曖昧に、そう付け足した。
先輩はそれ以上は聞かない。
ただ、
「……そっか」
とだけ返す。
会話はそこで途切れる。
並んで歩く足音だけが続く。
理緒は前を向いたまま、さっきの言葉をなぞる。
——寂しい。
その感覚を探そうとして、
うまく見つからない。
でも。
“ない”とも、言い切れなかった。
胸の奥に、名前のつかない何かが引っかかる。
それは、昔の記憶と、
今、隣にいる人の存在が、
どこかで重なりかけているような感覚だった。
理緒は小さく息を吐く。
答えは、まだ出ない。
でも——
前よりも少しだけ、
分からないままにしておけなくなっていた。
---
一緒に帰る放課後が、いつの間にか当たり前になっていた頃。
校門へ向かう道で、先輩がふと口を開く。
「期末テスト終わったら、夏休みだよな」
「そうですね」
短く返す。
少しだけ間があって、晃が続けた。
「神崎の誕生日、夏休み初日なんだってな」
理緒の足が、わずかに揺れる。
「……未来が言ってた」
「……そうです」
視線は前のまま。
「その日、会える?」
一瞬、時間が止まったような感覚。
理緒はすぐに答えられなかった。
「……その日、兄が帰ってくるので」
言葉を選ぶ。
「家族で食事することになってて……」
先輩は黙る。そして、
「……そっか。残念」
それだけだった。
それ以上は何も言わない。
でも、その一言だけが、理緒の胸に重く残る。
理緒の視線が惑う。
何かを言うべきな気がして、
でも、ちょうどいい言葉が見つからない。
「先輩は……夏期講習とかあるんですか?」
代わりに出た言葉。
先輩は肩をすくめる。
「……うん。翌日から」
「受験生ですもんね。頑張ってください」
「ありがと」
少しだけ間。
そして、
「夏期講習、8月9日で終わるんだ」
理緒が顔を上げる。
先輩は前を見たまま続ける。
「それ以降だったら……空いてる?」
理緒は考える。
——断る理由は、ない。
でも。
すぐに答えない自分がいる。
「……8月は、予定なかったと思います」
「そっか」
先輩は柔らかく笑う。
「じゃあ、ちょっと計画しとく」
「……はい」
理緒は小さく頷く。
「予定、確認しておきます」
「じゃあさ、連絡先教えて」
「あ……」
連絡先の交換すらしていなかったことに気付く。
「……計画考えたら、送るから」
「……はい」
お互いの連絡先を交換する。
それだけのやり取り。
それだけなのに。
胸の奥に、さっきとは違うざわつきが残る。
連絡先を知ってる。ただそれだけ
——なのに、どうして、少しだけ安心してるんだろう。
理緒は前を向いたまま、小さく息を吐いた。
答えは、まだ分からないままだった。




