4-24 ダンジョンエクスプローラー
【この作品にあらすじはありません】
急造の掘っ立て小屋のような受付の前に置かれている踏破者リストを見て、フィンは声を上げた。
「早っや! もうこんなに……」
「そりゃそうさ。もう生成してから一週間は経つんだ。初期踏破ポイント稼ぎなら、遅すぎるくらいだね」
受付の男は、小屋の前でリストを隅々まで眺める若造に苦笑していた。出で立ちは素人そのもの。どうせ早めに来た観光客みたいなもんだ。
生成してから一週間は経つ、とは言ったものの、逆に言えばダンジョンが生成してから一週間しか経っていない。完全踏破者もまだ二人しか出ていないし、観光客レベルにはまだまだだいぶ早い時期だ。
「兄ちゃんも潜るのかい」
からかい気味に聞いてみる。ここには親切心からの、やめておいた方がいいんじゃないか、というニュアンスすら含まれているつもりだった。
「はい! 登録をお願いします!」
返ってきたのは、期待とは違う返事。男は苦笑いしながらフィンの手からリストを受け取る。
「名前と、カテゴリは」
聞きながら、既にカテゴリ欄には「unlimited」と書き込む気満々だった。
「登録名はフィン。カテゴリはlimited 70で」
男の眉根が上がる。
「いいのか? まだ踏破者がいないカテゴリだぞ」
「もちろん! それがいいんじゃないですか」
フィンの言うことにも一理はある。まだ誰も踏破したことがないカテゴリなら、初期踏破とほぼ同等の評価が下ることもある。
「計測器は向こうだ。一緒に行こう」
男はフィンの体をもう一度ちらりと見る。細身で荷物も少ない。おそらく基準の70kgは余裕でクリアできるだろう。それにしても。
「早いな、あまりにも」
「……何か言いました?」
フィンの言葉は無視する。通常、limitedカテゴリの走者が来るのは踏破者が二桁を越える、生成二週間以降が多い。今回は地上三階層の小規模ダンジョンであるとしても、早いには変わらない。こいつはひょっとするととんでもない大物かもしれないぞ、と男のあまり当たらない勘がうずきだした。
計測を難なく突破したフィンは、受付の男と一緒にダンジョンの入り口に立っていた。
「耳が痛くなるほど聞かされている説明だと思うが、こちらも義務なので我慢して聞いてくれ。ダンジョンに入ると、タイムは自動的に計測される。途中でリタイアする場合はこちらのビーコンについているボタンを押すこと。ビーコンが常に発信する位置情報によって、正確なワープ処理で脱出させる。ダンジョン内で発生したいかなる事故にも、当局は責任を負わない。よろしいか」
「大丈夫です。では、行ってきます」
男が言い終わるが早いか、フィンはダンジョンの入り口をくぐっていた。
フィンが得ている情報では、このダンジョンは地上三階層。特に危険なトラップなどはなし。それなら、入った瞬間からスパートをかけてタイムを縮めていくのがセオリーだ。幸い、地上ダンジョンということもあり、ところどころに採光用の窓が開いていて内部構造が確認しやすい。自然生成ダンジョンは生成直後から劣化が進むため道に穴が開いていることも少なくないが、生成一週間程度ならそこまで劣化も進んでいない。ダンジョンのコンディションはこのくらいの時期がベスト、とフィンは考えていた。
では、なぜ多くのリミテッド専門やタイムアタック専門のエクスプローラーが生成後二週間を目安にしているのか。それは偏に情報量に起因する。生成後一週間では踏破ルートが確立されていないことが多く、最も効率的なルートを辿れる走者が少ない。走者が多くなるにつれ、ダンジョン内には多くのエクスプローラーが辿った道、野山にある獣道のような、エクスプローラー道が出来上がる。タイムアタッカーなら、何も考えずその道を全速力で駆け抜けるのが一番簡単だ。リミテッドも、装備と体重の総重量が制限されている以上、あまり多くの荷物は持っていけない。自然と一番踏破者が多い、安全なルートを進むのがセオリーになる。
それでもフィンが生成後一週間という極めて情報の少ない状態での踏破を狙うのは、やはり初期踏破ポイントの存在が大きい。ダンジョンエクスプロールの評価点は、タイムだけではなくどの階層まで進めたかという潜行度、そして何番目の踏破者かという初期踏破の面も大きく影響する。生成初期に踏破するのは、一切の制限がない「unlimited」カテゴリのエクスプローラーばかり。カテゴリの最初の踏破者は評価が高いことを狙っての挑戦だった。
そうはいっても一週間が経過しているのは事実。第一階層くらいは既にかなり探索されつくしており、難なく第二階層への階段までたどり着くことができる。
第二階層は床の劣化により第一階層まで落とされる危険があるため、たとえ生成後一周間でも気を付けるに越したことはない。先ほどより少し慎重に足元を確かめながら、ちらっとタイムを見る。
「うん、だいぶいいペースだ」
第二階層で迷わなければ、タイムアタックとしてもかなり上々の結果が出そうなペースだった。この階層で事前に気を付けたほうがいいとわかっているのは、第三階層直前の大穴だけ。荷物の持ち込みが禁じられる「unequipped」カテゴリなら迂回が必要だが、今回は道具でショートカットできる。それを加味しての「unlimited」カテゴリの選択だった。
大穴が近づいてきたので、ポーチに入れてきた鉤縄を取り出す。大穴の前で立ち止まって、慎重に狙いを定める。
「それっ!」
鉤が採光用の窓に引っかかって、縄がピンと張ったのを確認し、勢いをつけて地面を蹴る。その瞬間、足元の感覚が消えた。
「——危なっ!」
さっきまで自分が立っていた足場が崩れて階下に落ちていくのを横目で見て、背筋に冷や汗が流れる。ここから落ちていたら、運が良くてもかすり傷では済まなかっただろう。手汗でびっしょりの手で、自分の命を救ってくれた鉤縄を手繰り寄せる。
さて、あとは階段を上がって第三階層のゴールに向かうだけ。そう思って踵を返した時。
「お見事。ちょっと危なかったが、よく渡り切った」
階段の手前から声をかけられた。
「このダンジョンは初めてらしいな。それにしてはいい手際だったよ」
「ありがとうございます! あなたは……」
そう声を返してから、見覚えのあるその風体にフィンは腰を抜かしそうになった。
「あなたは、エディさん!?」
現在第一線で競技を続けているエクスプローラーの中では最年長、最も多くのダンジョン踏破記録を持つ、誰もが追いかける大ベテランの姿だった。
プレイスタイルとしては、とにかく多くのダンジョンを踏破するスタイル。十分な準備と装備を欠かさず、どんなダンジョンでも途中リタイアしないのが信条と言われていた。現役エクスプローラーの中でも五指に入る実力者で、すべてのエクスプローラーのあこがれと言っても過言ではない。
当然、フィンもその例外ではなかった。
「あの、ファンです。ダンジョンを踏破し終わったら、ぜひお話させてください」
本心はここで色々とお話ししたいこともあったが、現在はダンジョン挑戦中の立場、ぐっとこらえて彼を追い抜こうとするフィンの背中に、エディは一言声をかけた。
「ありがとう。だが、私はダンジョン挑戦中の若者の邪魔をしようと思ってここで待っていたわけじゃない」
フィンの足が止まる。
「どういうわけです?」
「このダンジョンを完全踏破するためには、君の装備では足りない。そして、私一人でも足りない」
エディは含みを持たせながら、フィンに近づく。
「私たちで協力して、ダンジョンの完全踏破を目指さないか」





