4-23 聖女メフィーの選択
人族と魔族が長年血で血を洗う戦いを繰り広げる世界があった。
それぞれの種族は違う神から生み出され、全くの別種であると伝えられていることが和平と相互理解を阻む要因となっていた。
そんな中、聖女メフィーは神託を受ける旅に出発する。人族と魔族が同じ祖先から生まれたと神から神託を受ける事で、人族と魔族に講和の道を歩ませるためだ。そして神託を受けた者はこれまで例外なく死んでいる。
メフィーは人族と魔族の混血の青年マルダーズを連れ、講和に反対する者達の襲撃を受けながら神託の地へ旅を進める。
「どうしても旅に出るというのか?」
月明かりが差し込む小さな部屋で、三人の男女が向き合って座っていた。
心配そうな表情で少女に向かって問い質すのは、金糸の縫い付けられた豪華な神官衣を羽織った老人だ。
老人の被る高い神官帽は、縫い付けられた紋章が最高神ターラーに仕える教団の最高神官である事を示している。ターラー神は人類圏で信仰される神々の中で最も格が高いとされ、その教団の最高神官ともあれば王侯貴族でも礼を欠かさぬ存在だ。そんな彼が心配そうな顔で見る相手は、なんと年端も行かぬ少女であった。
最高神官の問いに対し、少女は決意に満ちた口調で答える。
「もちろん旅に出ます。これが、魔族との戦いを終わらせる最も確実な手段なのです。それは、猊下もご存知でしょう?」
「そんなにあらたまった呼び方をしなくても良いではないか。ここには儂とお前……ともう一人おるが、公の場ではない。昔どおりおじいちゃん先生で構わんではないか。聖女メフィーよ」
「それなら、ご自分も聖女などと口にしないことですよ」
「ううむ。そうだな。だが、この呼び方に慣れてしまったのだ。望まなくてもな」
今では最高神官として人類圏で尊敬を集める男であるバナメルは、つい5年前までは魔族圏との境界付近で孤児院を営む神官であった。元は中央神殿でエリート街道を邁進した高位の神官であったが、神殿内の権力闘争に負けた結果辺境に赴く事になったのだ。
その地で赤子であったメフィーを拾い育て、中央神殿にいた時とは真逆の心休まる日々を過ごしていた。そんな折、前最高神官が魔族に殺害され、その遺言で新たな最高神官として呼び戻される事になったのだ。
バナメルが最高神官として中央に帰還した時、孤児院の子ども達も連れて来る事になったのだが、その中で優れた資質を見出されたメフィーは聖女の称号を与えられたのである。
「儂が権力争いなどによそ見をせず、信仰の道を正しく歩んでいればお前に任せる必要など無かったのだ」
ターナー神の信託は、これまで幾度となく最高神官達が受けて来た。
中央神殿から遠くに屹立する霊峰バンドール山には神代から存在しているとされる神殿があるのだが、ここは神の世界に最も近いと伝えられている。ここでもっとも敬虔な信徒が祈る事でターナー神からこの世の真実に関する神託を受け取る事ができるのだ。
もっとも敬虔な信徒は当然最高神官であるため、彼らは死期が近づくと人々のため、または個人的な好奇心から、神託を受けて来たのである。
ある時は奴隷制の是非について
ある時は大地は球形なのかについて
ある時は帝国の次期皇帝に相応しい者について
ある時は作者死亡により結末が不明のままとなった人気小説の結末について
そんな様々な事を神に尋ねてきたのだ。
何か変なのが混じっていた様に思えるが、まあそれはどうでも良い事だ。いずれの問いも、当の最高神官達にとっては重大事であったのは間違い無い。
何故間違いないのかと断定できるのかというと、神託を受けた者は例外なく直後に死んでいるからだ。
「人族と魔族が同じ種から分かれた種族であると確実になれば、長く続いた戦争が終わります。そうなるのであれば命を失っても本望です」
「俺の存在だけで証明できれば良いのだがな。どうやら俺は信用がないらしい」
「みんな、薄々は真実に気付いているのですよ。マルダーズさん。でも、信じたくないだけ。だから、神託で確実に証明しなければならないのです」
それまで黙ってメフィーの後ろに立っていた男が口を開いた。その声質は老人を思わせるしゃがれたものであったのだが、マルダーズの顔は皺ひとつない若々しいものであった。だが、真に尋常でないのはそこではない。窓から差し込む月の光に照らされたその顔の色は紫色であった。これは、人族が種の存亡を懸けて血で血を洗う戦いを繰り広げている相手である魔族の特徴だ。鱗に覆われていないという違いがあるが、人族とはかけ離れた外見をしている。
マルダーズの両親は、人族と魔族の混血である。種が争う世にあっても恋に落ち、子を授かる者がいたのである。
古来より人族と魔族は作り出した神が違う、全く隔絶した種族であると言われていた。それが長年続いた戦争の大きな要因であり、妥協の出来ない生存競争の相手であると互いに認識されていたのである。
だが、双方の血を分けて生まれた者がいるならば話は別である。人類圏に伝わる神話では最高神であるターナーが全ての生物を作り出し、人や妖精の祖となる人族の祖先も同様に生み出したとされている。だから人と妖精は子を成せるのだ。それに対し、魔族は別の神の作り出した種族であり、根本的に違う存在だからこそ血が混じる事もないとされてきたのだ。
これは、人族も魔族も同様の認識である。
ならば、ここが崩れれば人族と魔族の講和への道も見えて来る。近年は長らく続く戦いに厭き、厭戦機運は双方の種族に広まっている。だが、自分達とは根本的に違う相手を信じ切れないということが講和を阻害する大きな要因となっているのだ。
マルダーズの存在は人族と魔族が同じ祖先から生まれたという証拠のはずなのだが、講和を快く思わない者達からは否定されている。曰く、魔族が人族と魔族の特徴を合わせて作り出した人工生命体なのだそうだ。その主張を証明するものもないのだが、否定する根拠もない。
長年にわたって流された血は、人々の感情に重い楔を打ち込んでいるのだ。
だが、神託を受けた場合はその証拠が残される。バンドール神殿の岩壁に祈りを捧げた者の問いとその答えが刻まれるのだ。これを疑う人族はどこにもいない。
前最高神官はマルダーズの存在を知り、メフィーと同様の問いをしにバンドール山まで赴こうとしたのだが、その旅路で殺害されている。魔族の仕業であると公式に発表されているが、実は魔族との講和を快く思わない軍の一部の仕業であると陰で囁かれている。
つまり、メフィーの旅はその様な危険が待ち受けているのだ。しかも、その旅路の先に待つのは神託を受けた後の確実な死である。
「儂が、一時信仰を見失わなければ、神託を受ける事が出来だが。」
バナメルは最高神官であるが、過去に権力争いをしたせいか神殿魔法を使用できなくなっていた。これでは最高神官であっても神託を受ける事は不可能だろう。
「それは考えても仕方がありません。それに、真っすぐに信仰の道を歩んでいれば、おじいちゃん先生に拾われる事はありませんでした。これも運命でしょう。私は、おじいちゃん先生に拾われて育てられ、幸せでした。」
「もうそろそろ行くぞ。夜が明ける前に旅を始めたい」
マルダーズはバナメルと名残惜しそうに見つめ合うメフィーに出立を促した。マルダーズとて二人の感慨は理解しているが、旅立ちが遅れて明るくなれば襲撃者に見つかる可能性が高まってしまう。それは避けなければならない。
メフィーはバナメルに別れの挨拶をし、マルダーズと共に神殿の外に向かった。目的地であるバンドール山まで約2カ月の行程となるが、メフィーとマルダーズの2人旅である。他に護衛はいない。
前最高神官は騎士団を護衛につけていたのだが、それでもその旅路で死ぬことになった。講和に反目している者が多い以上、旅を見つかる事自体がリスクである。二人は隠密の旅をするつもりなのだ。
神殿の外に出て街道に沿って歩き、森に差し掛かろうという時、前方の木の影から現れた者がいた。待ち伏せかと警戒するマルダーズであったが、メフィーが押しとどめた。顔見知りであったからだ。
「水臭いじゃないか。同じ、バナメル孤児院で育った仲だろ?」
「お見送りかしら? オムガ」
待ち受けていたのは、メフィーと同じくバナメルに育てられた孤児の一人であるオムガという少年だった。バナメルが最高神官として中央に復帰した時にメフィーと同じく中央神殿に連れて来られ、優れた武の才能を示して今では神官戦士団で活躍している。
ちょうどメフィーと同じ頃に拾われ、年齢も近い。そのため孤児院の中でも仲が良い幼馴染であった。
「別れの挨拶くらいしたっていいんじゃないかな?」
オムガは親し気な笑みを浮かべながらメフィーに近づき、右手を差し出して来た。それに応えようとメフィーも握手をしようと右手を差し出そうとした。それをみたマルダーズは嫌な予感がしてメフィーに警告を発しようとした。
次の瞬間、オムガが袖に隠し持っていたナイフを取り出し、メフィーの喉を一突きにしようと襲い掛かった。精鋭揃いでしられる神官戦士の中でも有数の強者らしく、常人では全く反応出来ない一撃であった。
だが、次の瞬間宙を舞ったのはオムガの方であった。オムガの突きをすんでのところで回避したメフィーはオムガの顔に掌を押し当て、ふわりと浮かした後に地面に叩きつけたのだ。
「俺が出るまでもなかったな」
「あなたに教えられたとおりにやっただけです」
「お前ら、後悔するぞ」
襲撃にあったにもかかわらず冷静に会話する二人に、オムガが倒れたまま苦しそうに言った。
「人族は、これまでずっと魔族に殺されてきたんだ。俺の家族だって……いや、孤児院にいた皆同じだ。俺と同じ様に思う奴で溢れかえっているんだ。バンドール山まで辿り着けると思うなよ……」
呪詛の言葉を吐いてオムガは気を失った。その言葉を受けたメフィーはマルダーズを連れて無言で歩き出した。オムガの言う事は百も承知である。それでも、世界に平和をもたらしてこれ以上血が流れるのを止めたい。その意思で旅に出たのだ。
人々の憎悪を受け止める覚悟をもって、聖女メフィーは修羅の道を歩み始めたのであった。





