4-22 魔法少女のヒモ
【この作品にあらすじはありません】
今夜も街に美しき白カラス型の""天異獣""が現れた。天異獣は、どこかの女の子の存在を代償に生み出されたもの。
ビルの屋上から眺めていると、ベランダから人影が人外の速度で吹っ飛ばされるのが見えた。
つまり今日の""お母さん""はあそこの住人。ポロポの解析でもそこだ。
母体となった女の子は、放っておけば天異獣の使いとして天へ向かってしまう。
今日は彼女の救助。それが役割だ。
ゴシックな衣装に変身し、件の建物へ向かう。
窓ガラスまで割れている三階の角部屋。二辺の窓からは艶めく白い羽根が舞い落ちている。
かなり症状が進んでいる。
ポロポに羽根の""黒化""を頼み、階段を駆け上がる。
ドアの鍵穴に黒い羽根を突っ込んで回せば、即席の鍵となって扉が開いた。
玄関にはボロい女物の靴と真新しいスニーカー。
下駄箱には枯れた花と抽象画。吹っ飛んだ影からして同棲中なのだろう。
続くダイニングキッチンには未使用の皿が二つ。もう零時を回ったのに、食べられていない。
ゴミ袋は並び、洗面所には溜まった洗濯物。
最奥の部屋では、二人の寝室らしき荒れた部屋に、金色の長い髪を床へ垂らして彼女が崩れ落ちていた。
瞼は閉じているが、鼓動はある。
私の音に反応してか、彼女は悠然と顔を上げた。
そして、縋り付くように襲いかかってきた。
「余裕だよっ、ね!?」
伸ばされた腕をステッキで叩き、電気で痺れさせる。
勢いを殺しきれず壁に激突しそうになり、蹴って立て直す。
動きは遅いのに勢いだけは強い。
翼から羽根を弾丸のように飛ばす。避けるのは簡単だが、壁には穴が空いた。
よれたオフィスカジュアルに、西洋が顔負けの翼と金髪。
写真では黒髪だった。母体は色が抜け落ちて、この姿になっている。
『カワイイ……スキ……モットハタライテ……
イッパイ、イッショ、ダカラ、コロス』
「結婚したいなら、別の男がいいよっ!」
翼を雷で焼く。
倒れた彼女は起き上がり、私の肩に噛み付こうとした。
ステッキを喉奥に突っ込み、身体ごと吹き飛ばす。
うつ伏せに倒れた彼女の背中に飛び乗り、翼を両手で掴んだ。
呻きも羽根も無視して、強引に毟り取る。
根元までむしり取ると、積み上がった羽根の山が消えた。
ポロポが彼女の頭へ乗る。
翼へ魔力を込め、限界までいったところで、ポロポは私の手ごと彼女の頭へ翼を叩きつけた。
黒い羽根が舞い落ち、彼女の身体を包む。
背中の穴が塞がり、床に広がる金髪も艶のある黒へ戻っていく。
同時に、遠くの咆哮も静まった。
「布団から落ちてる……」
「お姉さん、寝ぼけてないで起きなさいよ」
彼女は起き上がろうとしたが、無理だった。
「仕方ないわね」
脇の下を掴み上げて正座させる。
「あの、すみません。何かご迷惑をおかけした、んですよね?」
「あなたのせいじゃないわよ」
彼女はそれを曲解し、流れるように土下座した。
「誠に申し訳ありません! うちの犬人に関しては私からきちんと反省させますので、どうかご容赦を」
「いや、違うんですけど」
「でも……窓、割れてませんか!? これ、もしかして彼が」
「違うわよ、マジで。詳しくは言えませんけど」
彼女が母体に選ばれたのは、彼のせいなのではないか。
『強いストレスのある愛の深い女性が母体にされやすい』という魔法少女網から聞いた話も、あながち間違いではない気がする。
「ねえ、その男好きなの?」
彼女は屈託のない笑顔になった。
「はい! 彼は凄い素敵な絵を描くんですよ。私には理解はまだできないですけど、自画像なんかホント綺麗で色気もあって、世界観も独特で面白いんです!」
寝室には一面の絵。けれど、彼女を描いた絵は一つもない。
「別れなさいよ、こんな男」
怒りに任せた失言だった。
けれど彼女は怒らず、慈愛と諦めの混じった疲れた笑顔を浮かべる。
「うん、よく言われます。
でも彼、贅沢はしないし、気も使ってくれるし、家事だってたまにやってくれるんです。痛い思いもしたことないし、いい子なんですよ」
「なに、何歳なのその男は」
「あっ、年上なんです。28歳で。でも可愛くて子どもみたいに懐いてくれるから」
彼女は立ち上がり、私の手をステッキごと握った。
「あの、犬人がどこいったか知りませんか。大丈夫です。会えばきっとみんないい子だってわかるはずなんです」
もはや彼女は母だ。
母体として完璧で、天使化していたら天異獣はもっと手に負えなかっただろう。
私のお母さんと似ている。
でも、彼女ほど愛に溢れていた気はしない。
愛もあれば、もっと私も救われていたはずなのに。
犬人という男も、多分救われていたのかもしれない。
どれだけ怠け者でも、彼女の元なら幸せだっただろう。
「私が探すよ。見つけたらまた来るから」
彼女の顔は見ないようにした。
ポロポに羽根を撒いてもらうと、全てが時間を巻き戻したように戻っていく。
でも生き物だけは戻らない。
死んだ人間は治せない。
せめて無縁仏にならないよう、探して埋めてあげよう。
傍迷惑な画家のヒモの亡骸を。
ベランダから飛び立ち、月光と街灯を頼りに探す。
「げっ、生きてんじゃん」
ミルクティーのような髪の男が、ゴミ袋の上で眠っていた。
悔しいけど自画像そっくりだ。生きやすそうな、人生を飴玉と勘違いしていそうな顔。
「こんなやつ、死んでもよかったのに」
ズルいと思うだけで、なぜこんなにムカつくのか分からない。
私だって甘えて生きてたかったのに。
知らない女の知らない彼氏に、嫉妬なんて。
「……さっさと帰らせよ」
顔だけは良くて、唯一のプレゼントは遺伝子だとでもいうような迷惑な顔。
意地を張って八つ当たりしても何にもならない。
ポロポに指示し、男の頬を翼で全力でビンタさせる。
「なに……またおれごと掃除するの?」
「モップじゃないわ、天然の羽毛よ」
ゴミ袋の上で、犬人は私を見上げた。
「もしかしてさ、おれって今ゴミとして捨てられた?」
「知りません。通りすがりなので」
「お姉さん、おれの状況わかるなら教えてよ」
「さあ、自分で考えたら?」
無視するつもりだった。
でも、怪しい状況でにへらと笑う姿は能天気で不気味なのに、無愛想な鏡の私より綺麗だった。
「ね、お姉さん、おれのこと拾ってよ。捨てられたんならさ、拾う神とかになってくれない?」
「蓮未よ。あと、私学生だから無理」
男は目を見開き、街灯の光を反射してきらめかせた。
「ホント? 品のあるお嬢さんだね。蓮未ちゃんって、親はお金持ちだったりする?」
「馴れ馴れしいわね。弁えなさいよ。手当てと着替えの用意ぐらいならできるから」
「ありがと、ご飯とかは恵んでくれない?」
「ねえ、何も聞かなくていいの?」
「将来的に養ってほしいからさ、何したらいいかとかは聞きたいかな?」
私が学生だと名乗っても、夜更けに出歩く理由を問い詰めない。
返答はずっと斜め上で意図がズレていく。
でも会話が楽しく、つい付き合ってしまった。
「何でも、条件引き受けてくれるの?」
「あ、働くのだけは嫌だからね。怒られるの怖いし、めっちゃ疲れちゃうし」
一つ、願いが叶うとしたら。
プレゼントはいらない。父の恨みを晴らすのもお門違い。
そっと視線を向けると、気の抜けた笑顔で見下ろしてくる。
約束なんて守りそうもない顔だ。
だから、何をお願いしようか。
私のもとに来るのなら――そうだ。
「今、キスして」
足を止め、精一杯の背伸びをする。
目は瞑らない。反らしたら負けだと思った。
母や父のようなキスでも、彼女に対する熱いキスでも。
できるのなら、私の両親を彼に取って変えられる。
もしくは彼の彼女に成り代われる。
それはどちらも、心地の良い気持ちだから。
でもこいつは私の背伸びを無視して跪いた。
彼は私の左手を取り、甲に唇を触れさせる。
「こっちじゃダメ? 騎士っぽくてよくない?」
誰かに成り代わることはなく、新たな主になった気分は存外悪くなかった。
でも、要求を無視されたのは気に入らない。
「ダメ。というか、嫌」
「えー! じゃ、今からおでこにキスすればいい?」
「最初からそうしなさいよ。ダメ」
「融通効かなすぎるよ君!」
彼とは距離を取るため早足で歩く。
熱い頬を冷ます夜風が心地良い。
「ちょっと、一人で歩いちゃ危ないよ」
彼は追いつき、私の手を取った。
「別に、先を急いでただけ。近いから目隠しするわよ」
ポロポを彼の目元に引っ付け、繋いだ手で引き連れていく。
その先は、私の通う学校。
塀に通り道を空けて校内へ入り、二階の理科室に侵入する。
ポロポの黒い羽根を一枚抜き、人体模型の右目へ差し込んだ。
右へ回すと、ガチャリと音が鳴って光が満ちる。
「もういいわよ、ポロポ」
「ちょっとおれも暗いの怖いんだから……って、ここは?」
「言ったじゃない、私のお家」
「いや、でも」
そこは自然と木漏れ日に溢れた苔のドームだった。
水道はなく井戸だけ。火も竈しかない。
「魔法少女に作ってもらった家、いいでしょ?」
「……おれの部屋ってある?」
「ない、ワンルーム庭付きよ」
今日から、私はあなたの飼い主だから。





