4-15 かつて完璧だった完璧やさぐれ王子と小さな花嫁
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その男は、まるで人形のようだった。
陶器を思わせるほど白い肌。寸分の狂いなく各部位が配置された美しい顔面。綺麗なお手本の笑みの形に歪められている口元。そして、ガラス玉のような薄青の双眸。
「ようこそいらっしゃいました、サラ・ヤノセン嬢。噂はかねがねお聞きしておりましたが、たいへんおかわいらしいですね」
恭しい礼の姿勢も柔らかな声音も紳士そのものだ。
当然だった。私と相対している彼――アンドリュー・リオ・ゾールは、完璧王子と名高い人物なのだから。
「初めまして、アンドリュー殿下。お目見え叶いまして光栄ですわ! これから何卒よろしくお願いいたしますね」
しかしこの時点で私は気づいていた。
無機質さの中に混じる、わずかな違和感に。
◇
私とアンドリュー殿下が引き合わされた理由。それは単純明快、政略結婚だ。
そうでもなければ、齢十五の小娘……しかも属国の下級貴族の出である私と、完璧王子様が顔を合わせる機会など一生訪れなかっただろう。
大国ゾールは魔術を欲していた。
ゾールは世界の半分を占め、高い武力を誇るが、その代わりとばかりに魔術には滅法疎い。魔術とは原料となる魔力を要するし、そもそも文献が少なく、たとえ扱い方を知っていたとしても使いこなせるかは才能次第。
魔術に強い者が一人でもいれば良いものの、皆無では足を掬われてしまいかねない。そこで求められたのが私だった。
魔術の才があり、かつ後ろ盾がない、従わせやすい人間が望ましかったのだろう。祖国の魔術学園を主席で卒業した私が優れているのは確かであり、打診がきたのは自然だった。
納得はいったが、それはそれは戸惑ったものだ。
何せ、相手は王子である。民に優しく、各国との交友も深く、政に秀で、おまけに容姿も最高級の王子なのである。不釣り合いにもほどがあるだろう。
しかも歳の差は十五。アンドリュー殿下はちょうど私の年齢の二倍だった。私の親の方が殿下との年齢が近いくらいだ。身長も頭三つ分程度も違ってしまっている。
だがしかし遠慮も拒否も許されるわけはなく、そのまま嫁ぐこととなったのだった。
ゾール王国の宮廷へ赴き、迎えた初顔合わせ。
挨拶を交わした後、アンドリュー殿下は私の手を取った。
「愛しき僕の姫君。どうか、僕とともに来てはくれませんか」
「どこへですの?」
「きっと後悔はさせません。さあ」
面を被っているかのように彼の表情は変わらない。
触れ合う掌のなまぬるい温度感も、歩幅の短い私に合わせているのがわかる緩やかな歩調も、全て一定だ。
「ところで……サラ嬢はどのような魔術を得意としていらっしゃるのですか?」
「ええと、守備が主、治療の類や探知もできますわ。不束者ではありますが、ゾール王国やアンドリュー殿下のお役に立てるように頑張りたいです!」
「素敵な魔術をお持ちですね」
「幼少の頃より魔術の扱いだけは得意でして。他に誇れることはさしてないですけれど……」
「胸を張って誇れるものがあるのは善きことだと思いますよ。本当にサラ嬢はおかわいらしいですね」
和やかに会話を続けるうち、ふとアンドリュー殿下が足を止めたのは、庭園の前だった。
「ちょうど今が見頃なのです。いかがでしょう?」
「わぁ……!」
色とりどりの花、草、木。
祖国では滅多にお目にかかれない、夢のような光景がそこには広がっていた。
いずれも名前は知れないが、美しいということだけは理解る。……すぐ隣の完璧王子とどちらが上かと問われれば、後者に軍配が上がるけれど。
「――そうだ」
そう呟き、殿下がつかつかと庭園の中へ足を踏み入れれば、庭園はたちまち彼を映えさせるための舞台装置と化した。
アンドリュー殿下はとある花に目をつけると、ぽきりと一本手折る。そしてそれを私に手渡してきた。
「ロベリアです。薄紫の色合いが貴女の瞳と同じでしたから、お似合いになるかなと」
「嬉しい。ありがとうございます!」
手慣れているのだろうとわかる手つきだった。
いくら王子といっても、いや、王子だからこそ、三十路にもなれば経験豊富に決まっている。今まで何人の女性にそうしてきたのだろうか。……ロベリアを贈ったのは、私が初めてだろうか。
その後は魔術の本が詰まった図書室に案内されたり、食堂にてご馳走をいただいたが、ロベリアだけは印象的だった。
◇
城に招き入れられてからしばらく、お姫様のごとく丁重に扱われた。
執務や公務のある時間を除き、大抵の時間はアンドリュー殿下が傍にいてくれる。私がひとり不安になってしまわないように、だそう。
私専属の使用人も過剰なほどに付けられている。衣食住、待遇は良過ぎて文句のつけようがない。なすべきことを果たすべく守護の魔術を行使しようとしたら「必要な時までは自由にしてくれて構いません」と甘やかされる。アンドリュー殿下との挙式のための品々は全て支度され、祖国から持ってきた嫁入り道具の出番がない始末。さらには、国王――殿下の叔父である人物への面通しは、殿下曰く「貴女を見せびらかしたいので式の時で良いでしょう」とのことだった。
至れり尽くせり、さすがは完璧王子だ。
…………とでも思ってほしいのか。
小さな違和感でも、積み重ねれば積み重ねるほど確信へと変わっていく。
視線。ロベリアの花。繰り返される「おかわいらしいですね」の言葉。御伽話に登場する王子を体現したかのような……しかし逆に言ってしまえば、現実味を伴わない、嘘臭い行動の数々――。
「少し、お耳を貸していただけませんこと? どうしてもお伝えしたいことがあるのです」
私が声を上げたのは結婚式の最中。
大勢の参列者の目前で、私とアンドリュー殿下は再び正面から対峙している。
互いの愛を誓うかと問われ、答えるべき場面。アンドリュー殿下はすでに言い終えたので次は私の番である。それがわかっていながら宣誓以外の言葉を口にしたのだ。
一体何を言い出すのかとざわめきが広がっていく。肝心のアンドリュー殿下はといえば、笑顔で頷いた。
「お聞きしましょう」
そのまま、ゆっくりとした足取りで私の方へ歩み寄ってくる。
まるで口付ける直前のように互いの距離がなくなったのを確認し……私はそっと囁いた。
「どうして殿下は私に嫉妬していらっしゃいますの?」
「……っ!」
ああ、やはり。
ガラス玉の双眸が見開かれた瞬間、私はやっと、彼の秘された一面を確かに見た。
人形めいた美貌がひび割れていくようだった。
「なぜ、そう思った」
「『悪意』を贈られましたから。あとは侮蔑と嘲笑も」
チッ、と小さく舌打ちの音がした。聞こえたのは私だけだっただろう。
ロベリアの花言葉は『悪意』だ。
『おかわいらしい』は、おとなしく騙されたふりをしていた私を侮っていたのだろう。
国王に引き合わせたがらなかったのは、国王からの反感を誘い、また周囲に私が無礼な女であると示させるため。
「探知の魔術が使えると言ったでしょう。おかげで容易くわかりました。とはいえ、細かな部分まで知れるわけではないのですが」
見下されても仕方ない立場にあるのは自覚している。そもそも身長的な問題で見下ろされざるを得ないのだし、同じようなものだと思っている。
けれどおかしいのだ。探知の魔術によってアンドリュー殿下から感じられるのは、紛れもない妬みの情なのだから。
「私、あなた様と違って嘘は苦手なのです。教えていただけませんと、愛はお約束できませんわ」
長く結婚式の進行を留めておくわけにはいかない。
迫った私に、アンドリュー殿下は吐き捨てた。
「どうでもいいだろ。お前には関係ない。わかるわけ、ないだろうが」
…………なるほど。
「寂しいことをおっしゃいますのね」
ごくりと唾を呑む。覚悟を決める。
唇を、押し当てた。――愛を誓わないままで。
「これが私の答えですわ。これでもう無関係ではないでしょう? だって私、あなた様の花嫁なんですもの」
絶対に逃がさない。
「今夜、楽しみにしていますから」
そうして式は無事に執り行われた。
◇
控えめな扉のノック音がした。
用意された白金色の薄手のネグリジェを纏い、ベッドの縁に腰を下ろしていた私は、いそいそと立ち上がる。
「お待ちしておりました」
「……ふん」
鼻を鳴らし、不機嫌さを隠しもせず顔を背けるアンドリュー殿下。人形のフリはすっかり辞めてしまっていた。今更取り繕っても無駄だと判断したのだろう。
「ずいぶんとやさぐれていらっしゃるご様子で」
「別に今まで通り丁重に扱ってやってもいいが」
「いえ、きちんと妻として扱っていただけたら満足ですわ」
「まさか閨を共にするつもりか? お前に悪意を向ける男だぞ、僕は」
「理由によりますわね」
私に明らかな非があったり、生理的嫌悪であれば仕方がない部分もあるかもしれない。しかしそういうわけではないはずだ。
「お話しを。まずはそれからですわ」
「お前な……。今すぐ押し倒してやろうか」
「お話しを。この部屋にいらした時点でわかっていたことでしょう。まだ嘘を続けられるおつもりなら、夫婦になってなお拒まれるなら、私、国に帰ります。代わりはいくらでもいるとは思いますが、結婚初日に妻に逃げられたという不名誉な実績は残ってしまいますね?」
「おい」
「――お話しを」
三度目のお願いでようやっと根負けしてくれたらしい。重々しい溜息が一つこぼれたかと思うと、次から次へと彼の口から言葉が溢れ出した。





