4-14 未来死少女と時限死期の校舎
人の死期が視える未来視、通称【未来死】を持つ少女・曽根崎来世は、その力で自身が1年後に呪死する運命を知っていた。【超能力】が集う高校で【死期】を変えるため足掻こうとする最中、【遺体操作】の力を持つ女子生徒・今宮紫香と遭遇する。そして来世は、ある異様な【死期】を目の当たりにする――。
未来の果てには、必ず死が待っている。
◆
「曽根崎さん危ない!」
不意に鋭い声で名前を呼ばれ、反射的に立ち止まる。その直後、刃にも似た突風が右頬を掠めた。はらり、と落ちる数本の髪。
もしこれが直撃していたら。うっかり想像してしまい、背中が冷たくなる。
「曽根崎さん、無事?」
「ギリギリ。ありがと、声かけてくれて」
背後から駆け寄ってきたのは、同じクラスの女子生徒だった。転校してきたばかりのアタシに学校を案内してくれて、何かと世話を焼いてくれるお人好し。
アタシに傷がないのを確認すると、彼女は安堵した様子で息を吐いた。
「良かったぁ。この辺りは【超能力】の使用が許可されてて危ないの。私が【守る】から、一緒に行きましょう」
微笑む彼女の周囲に、巨大なシャボン玉のような薄膜が形成された。
誘われて薄膜の内側に踏み入る。中は陽だまりのように暖かく、晩秋の冷えた風を完璧に防いでくれている。
寒風だけじゃない。雷、炎、かまいたち。どんな【超能力】も、薄膜は全てを弾いた。
おかげで渡り廊下を悠々と横断できて助かる。
「アタシも、こういうすごい力が欲しかったな」
「そんな。曽根崎さんの【未来視】もすごいと思うけど」
「死限定の、だけど」
未来視ならぬ【未来死】――なんてね。
自嘲しつつ、すれ違う生徒の頭上を視る。
【2107-05-07 11:54 病死 】
【2112-03-31 14:31 老衰 】
【2059-12-26 09:06 事故死 】
いつ死ぬのか。どうやって死ぬのか。
アタシには全ての人間の【死期】が視える。
【超能力】と呼ぶには個人的で、物騒で、その割に無力だけど。生まれつきの性質みたいなものだし、気にはならない。
「あ、もし渡り廊下を避けたかったら、ここの階段を降りて中庭を通るのが―― 曽根崎さん?」
「……踊り場の鏡、大きいんだね」
「えっ? うん、そうだね?」
首を傾げる彼女の頭上にも【死期】がある。
【2116-03-19 11:54 病死 】
今が2044年だから、死ぬのは89歳の時か。割と長生きするんだね。……アタシと違って。
踊り場の鏡に映る自分、その頭上の数字を彼女と見比べて、ただそう思う。
【2045-11-21 14:16 呪死 】
これが、アタシの【死期】。ちょうど1年後、アタシは呪われて死ぬらしい。
【死期】を変えたくて、色々足掻きはした。【超能力】者が集まるこの高校に転校して来たのも、その一環。アタシを呪った【超能力】者が、もしかしたらいるんじゃないかって。
今のところ、成果はない。
「曽根崎さん……?」
「ごめん何でもない。案内してくれてありが――」
笑顔を取り繕い、鏡から目を背けた時だった。
階段を降りた先、中庭を歩く生徒の【死期】が視界に入った。
【2044-11-19 02:42 薬物中毒死✓】
「――チェックマークが」
「え?」
チェックマークの付いた【死期】が動いている。
その有り得ない光景を目にした途端、反射的に走り出した。
「ねえ! チェックマークってどういう意味――」
背後から聞こえる叫びに、構う余裕はなかった。
古今東西、チェックマークの意味なんて大体一緒だ。完了とか、確認とか。
そのマークが付いているってことは。
【死期】の完了――まどろっこしい、要はもう死んでるってこと!
息を切らして階段を駆け上がれば、目指していた背中へすぐに追いついた。
「――待って!」
掴んだ肩は冷たく、ぐにゃりと柔らかく、そして乾いていた。生きた人間なら持ち合わせているはずの生温かさが、湿りが、触れた相手からは感じられない。
顔を覗き込む。濁った瞳、窪んだ鼻筋。それから葬式で嗅ぐ、あの冷ややかで澄んだ死の匂い。
間違いない。コイツやっぱり死んでる。
「これって、ゾンビ……?」
「ゾンビとは失礼だな。アレと私のご遺体を一緒にされちゃ困るゼ」
ハスキーな声。このゾンビが喋ったのかと思ったが違う。
死体の背後から、ひょこりと小柄な女子生徒が顔を出した。その頭上に、思わず目が奪われる。
【2045-11-21 13:46 心中 】
奇しくもアタシと死ぬ日付が同じだった。
っていうか、心中って。大昔じゃないんだから。
「ご遺体が勘付かれるとは思わなかったゼ。生きたモブに擬態させるの、結構自信あったんだが」
「まさかこれ、アンタの【超能力】なの?」
珍妙な【死期】から目を逸らし、改めて彼女自身を見据える。
「いわゆる【遺体操作】ってヤツだよ。映画で見たことくらいあるだろ?」
「フィクションでなら、ね」
ニヤリと笑う彼女本人の外見も、【死期】に見劣りしない程度には癖が強い。
アンティークリボンを使い、低い位置で束ねられたツインテール。パニエやフリルで魔改造されまくった制服。華奢な両腕は、傍らの動く死体の腰を優しく抱いている。まるで、恋人にそうするかのように。
「任意のご遺体を操る力、それが私の【超能力】。シンプルでイイだろ?」
ロリータ風の見た目に似つかわしくない、ぶっきらぼうな物言いに気圧される。アタシが何も返さないことに機嫌を損ねたのか、彼女は鼻を鳴らした。
「私のことなんざ、どうだっていい。単刀直入に聞くゼ。――オマエが【未来死】の転校生・曽根崎来世だな」
息を呑む。初対面のロリータ女が、アタシの名前も【超能力】も把握している。
「何で、アタシのこと知って」
「色々と情報筋ってのがあるのさ。それもどうだっていい。大事なのは、【未来死】を持つオマエに頼みがあるってことだ」
「わけわかんないんだけど。頼みの前にちゃんと説明……」
「この学校は今、爆破予告を受けている。このままだと大勢が死ぬ」
突拍子もない話に思考が固まった。
「いきなり何言って」
アタシの言葉を遮るように、正午を告げるチャイムが鳴る。「頃合いだな」と、彼女の呟きが聞こえた。
「今すぐ振り返れ。できるだけ多くの【死期】を視ろ。そんで――何を視ても絶対に大声を出すな」
つい言われるまま振り返り、行き交う生徒の【死期】を視る。
そこには、異常な光景があった。
【2044-11-24 12:00 爆死 】
【2044-11-24 12:00 爆死 】
【2044-11-24 12:00 爆死 】
【2044-11-24 12:00 爆死 】
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言葉を失う。
その場にいる生徒の、ありとあらゆる人間の【死期】が上書きされている。
目の前の全員が、本当に、3日後の正午に爆死するらしい。
咄嗟に鏡を探す。昇ってきた階段を駆け下り、踊り場の鏡にアタシを映し、間髪入れずに頭上を視る。
【2044-11-24 12:00 爆死 】
アタシの【死期】が、変わっていた。
「何、これ」
「ちゃんと静かにできたな。お利口さんは好きだゼ」
階段を降りるロリータ女の姿が鏡越しに見えた。彼女の【死期】が、嫌でも目に入る。
【2045-11-21 13:46 心中 】
彼女のそれに、変わりはなかった。
彼女だけが、唯一の例外だった。
「現状は視て貰った通りだ。私の目的は爆破予告の阻止。そのためには、オマエの力が必要だ」
「アタシの【超能力】が、何の役に立つっていうの」
「オマエが協力するってなら、すぐにでも教えてやるゼ」
逡巡する時間さえ勿体なかった。アタシの目的は、彼女の【超能力】以上にシンプルだから。
1年後の呪死だって嫌なんだ。3日後の爆死なんて、真っ平ごめんだ。
「協力者になるなら、まず名乗りなよ」
「――紫香。今宮紫香だ。よろしく、曽根崎来世」





