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氷室の野望(仮)第壱巻 ~戦国突入編~  作者: 和音
外伝

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49/51

1 氷室真紀【現し世-起点】

外伝です。

今後、不定期で更新予定です。


プロローグから遡ることおおよそ5年前の秋。

氷室真紀(20)は、大学近くにある喫茶店でコーヒーを飲みながら読書をしていた。


この喫茶店はお気に入りの一つ。

喫煙エリアがあるからだけれど、もちろんそれだけではない。


けれども学生で溢れているわけではない。

他の大学生は皆、チェーン店のお洒落なコーヒーショップへ行く。

でも私は、こういう古びた(失礼)喫茶店が、大好きだった。


落ち着いた題名も分からないクラシックの音楽。

会計は電子マネーお断りで現金のみ。

コーヒー一杯出てくるのに10分以上はかかる。

ところどころ塗装が剥げたテーブルと、綻びがある布製の椅子。

それでも毎日丁寧に掃除されているのがよく分かる。



そんな私は本の読み方もアナログ派だった。

スマホやタブレットを使って電子書籍を読むのではなく、必ず印刷された紙製の本。


パラパラと頁をめくる音。

ごくたまに、特に古い本ほどふと薫るインクの匂い。

そこに挟むお気に入りの栞。


読書そのものも好きだけど、私はその環境と雰囲気をとても大事にしていた。


かといって、馬鹿騒ぎが嫌いなわけではない。

友達と行く賑やかな居酒屋も、ちょっと大人なショットバー、

ビリヤードやカラオケボックスももちろん大好き。

ただ、メリハリじゃないけど、緩急に富んだ生活自体が「生きてる」って感じがして、好きだった。



さて、冒頭に戻ってそんなある日のこと。

読書をしていた私のもとに、マスターがブレンドコーヒーを運んできた。

そのマスターは40代ぐらいのイケメンだった。


「いつもありがとう。今日は何読んでるの?」


基本的に私はお店で声をかけられるのが嫌いだ。

服を買う時もそう。

笑顔で接してるけど、心の中は「ほっといてくれ!」と叫んでいる。


けれど、このお店のマスターは違った。

たまに声をかけられるけど、不思議と嫌では無かった。

けっしてイケメンだからではない。

所作も、その声も、力が入っていないのだ。

要は自然体。


以前少し話をしてみて分かったけど、マスターは超自然体なのだ。

自分が興味がある本やことには食いつくけど、そうじゃないことは「ふーん」といって去っていく。


「お客様は神様」だの「接客」だの、全く思ってもないし感じていない。

ように見えるのだ。


「あ。これ三國志の物語」

と言うと、これにはマスターが食いついた。


「お。俺も好きよ、三國志」

そう言うと私が読んでいる本の表紙側をのぞき込んで

「うーん、これは読んでないな」

続けて

「面白い?」

と訊いてきた。


「うん。面白いですよ。

あの諸葛孔明が男色なの」

するとマスターが吹き出してさらに聞いてきた。

「は?なにそれ。男好きで名軍師なの?」

「そうそう。無茶苦茶だけど、これがまた面白いの。

しかも展開は史実通り」

「へー、三國志は好きだけどなあ……俺、女好きなのよね」

なぜか真顔で言うマスター。


「いや、私も男色好きなわけじゃないよ?」

苦笑いで返す。

「うーん……真紀さんは三國志だと誰が好き?」


きた。

戦国時代や三國志好き同士だと、ほぼ出る質問。

そして私が答えると結構な確率で「ダレソレ?」になるヤツ。


「王平」

「王平?」

「うん」

「あの蜀の?」

お。知ってるじゃん。

「そう」

「何で?」


そう。これ聞かれるとなかなか上手く答えるのが難しいのよね。

「少し長くなるけどいい?」

「いいよ。暇だし。あ、読書の邪魔じゃなければ」

「大丈夫」

と言うと、テーブルに空のトレイを置いて正面に座る。

「で。何で王平なの?」


王平。

三國志の蜀漢の武将。

かの有名な、街亭の戦いにおいて山上に布陣しようとした馬謖を諫めた武将だ。

のちに鎮北大将軍にまで昇進し漢中を一任された。

そして、字が読めなかった事でも有名だった。


「王平って、愚直なんですよ」

そう言うとブレンドコーヒーをブラックのまま一口飲んだ。

んー、美味しい。

「もちろん書物や伝聞が全て本当はどうか分からないけど、街亭の戦いでも自分の才に驕った馬謖を諫めたところとか。『孔明は街道を守れ』って言うから実直にそうしようとした。

自分に上司が何を要求しているかをよく理解してるでしょ?

たぶん『自分で判断して動け』と言われたら出来た能力はあったんだと思う。

でも、それをしなかった」


頭のいい人は現代の世にもたくさんいる。

けれど、こういう動き方が出来る人は少ないと思ってる。

王平は、責任とその権限をよく理解していた。


「へー、若いのにそういう考え方するのって珍しいねぇ」

マスターはしきりに頷きながら感心している。

「そう?」

若いとか関係ある?と少しイラッとした。


「でもさ、今の自分がその時代に居たら、とか考えない?」

マスターもポケットから煙草を取り出して火をつける。

一服して

「三國志にしても戦国時代にしてもさ。

よくあるゲームで、自分だったらどのくらいの能力値なんだろう?とか思っちゃうよね」


すんごい分かる。


「うんうん。

歴史そのものを知ってるのもだけど、農工だったり数学だったり。

今の知識を生かしてあの時代に居たらどうなるんだろうなーとか考えたことある」」

笑いながら答えた。


「真紀さん、頭いいんだから是非作ってよ」

「何言ってんの。そんなの出来るわけないじゃない」

「いやいや。世の中の技術の進歩はすごいよ?

専用のゴーグル装着して目の前に立体映像が映るヤツもあるじゃん?」

「あー、VRね」

「それそれ。VRとやらでゲームしたら没入感もすごそうじゃん?」

「まあねえ」

「ちゃんと一般市民も居てさ。いち武将としてプレーすんの面白そうじゃない?」


ふむ……


「そこに、クイズかなんか足してさ。それで能力が決まるの。

……いかん、考えだしたら止まらないや」

笑いながらマスターは煙草の火を消して立った。


「期待してるよー」

そう言って調理場の方へ去っていった。



面白そう。

素直にそう思った。

現実問題、たったいま考えた仕様だと持っているPCのスペックをはるかに超える内容だ。

でも、

――世の中の技術の進歩はすごいよ?


その通り。

今は無理でも数年後、数十年後なら出来るかもしれない。

どうせなら視覚、聴覚だけじゃなく、五感で。

んー、考えるだけでワクワクしてきた。


読書を切り上げた真紀は、伝票を指で軽く弾きながらレジへと歩いた。

古びた床板が"きしっ"と小さく鳴る。


カウンターの向こうでは、先ほどと同じようにマスターが無駄のない動きでカップを磨いていた。

視線に気づくと、ふっと口元だけで笑う。


「今日は早いね」

「うん。ちょっと考えたいことできちゃって」


そう言って伝票を差し出す。

マスターは一瞥して、レジを叩くでもなく引き出しから釣り銭を用意し始めた。


「へえ。さっきの話?」

「うん。VRのやつ」

「お、乗り気じゃん」


軽い調子。

けれど押しつけがましさは一切ない。

真紀は財布から千円札を取り出しながら、少しだけ笑った。


「できるかどうかは別だけどね。

でも、なんか面白そうだなって思って」

「いいじゃん。そういうの」


マスターは紙幣を受け取ると、丁寧に折り目を揃えて引き出しにしまった。


「大体そういうのってさ、“できるかどうか”じゃなくて、“やりたいかどうか”で決まるもんでしょ」


ぽん、と軽く置かれた釣り銭。

その言葉は、コーヒーみたいにじんわりと胸に落ちていく。


「……そっか」

短く答えながら小銭を財布に戻す。


店内には相変わらず名前も知らないクラシックが流れていた。

ゆったりとした旋律が、さっきまで読んでいた物語と、これから思い描くかもしれない未来とを静かに繋いでいるようだった。


「じゃ、また来るね」

「おう。また」


それだけのやり取り。


扉を開けると、外の空気はひんやりとした秋の匂いを含んでいた。

夕暮れが近づき、空は少しだけ橙色に染まり始めている。


一歩、外へ出る。


――できるかどうかじゃなくて、やりたいかどうか。


さっきの言葉が、頭の中で繰り返される。


――もし、作れるなら。


ただの思いつき。

ただの空想。

けれどその輪郭は、さっきよりも少しだけはっきりしていた。


五感すべてで感じる世界。

歴史の中に“自分”として立つ体験。

知識が力になり、選択が未来を変える場所。


……やってみようかな。


小さく息を吐いて真紀は歩き出す。


まだ何者でもない、ただの大学生。

けれどこの日、この瞬間に芽生えたものは、

五年後の“プロローグ”へと繋がっていく。



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