2 氷室誠人【現し世-キッチン夕凪】
外伝その2です。
今回はゲームにインする直前の誠人くん編です。
「よし、休憩にするか」
14時になり、オーナーシェフの春日格(37)がそう言うと、スタッフ4人全員が「はい」と応じる。
誠人は入口のドアに掲げられた『営業中』の札を『準備中』にひっくり返すために外へ出た。
「寒っ!」
今日は一段と晩冬の風が強く吹いていた。
ついこの間まで春先の温かい日差しが連日降り注いでいたが、この一週間で季節が逆戻り。
朝晩の冷え込みも再び強くなってきて、街路樹の枝も寒そうに風で震えていた。
誠人が勤める、ここ『キッチン-夕凪』は街中にポツンとある。
春日格と昼の誠人、夜に来る1人と合わせて3人のシェフと、ホールスタッフ数人の小さな洋食屋。
お店の開店時間は11時~23時までで、この街では割と遅くまで開けている飲食店だ。
地元紙や地方局で取り上げられたりと、地元の人には名の知れたお店で常連客も多い。
今日の賄いはオーナーシェフの格が作るクリームパスタだ。
出来上がると客席に座り早速みんな食べ始める。
パスタは皿の上で淡いクリーム色のソースがやわらかく光をまとっている。
フォークを差し入れると、とろりとしたソースが糸を引くようにパスタへ絡みつき、ゆっくりと持ち上がる。
その瞬間、ふわりと立ちのぼるのはバターとミルクが溶け合った甘くあたたかな香りだった。
ひと口運べばなめらかな舌触りがそっと広がり、濃厚でありながらどこか優しいコクが静かに、しかし確かに満ちていく。
噛むたびにソースの旨みがほどけ、心の奥までじんわりと染み渡るようだった。
ただの一皿ではなく、疲れた昼の終わりに差し出された小さなご褒美だった。
「うーん、相変わらず美味しい」
思わず呟いてしまう。
「はは。賄いでも手を抜くのは嫌でな」
笑いながら格が言う。
「バターは静かに溶かすこと。クリームはぐつぐつと煮立てない。
仕上げに火を止めてからチーズを加えて余熱でゆっくりと溶かせばここまで滑らかになる」
「いや、言うのは簡単なんですよ。これがなかなか……」
誠人が難しい顔をして言うと
「だからこうしてお金を取れるのさ。誰でも作れるなら商売にならん。
まあでも誠人なら出来るだろう」
食べながら笑いながら、格が言う。
そう。
言われている事はごくごくシンプル。
技術的にはたぶん難しくはない。一定のレベルまでなら、だ。
いざ自分が作ってみると、格が作る料理とは似て非なるモノだ。
火の加減。
塩の加減。
ほんの小さなところ。
それでもその小さなところの違いで、結果は変わってくる。
だからこそ、料理は楽しい。
そしてここ『キッチン-夕凪』で学ぶことが日々、たくさんある。
「そういえば今夜は出られないんだっけ?」
格が食べながら聞いてきた。
「あー、そうです。夜に姉のところに行く用事があって……」
「あのキレイなお姉さんか」
笑いながら格が言う。
そう。
今夜はどうしても行かないといけないのだ。
例のゲームが完成していよいよプレー出来る日だ。
「オーナー、シミュレーションゲーム好きでしたよね?」
「ん?」
「戦国時代とか三國志とか」
「ああ、すんごい好き。子供の頃からやってたな」
言いたい。
けど我慢我慢。
「何でだ?」
「姉がそっち関係で面白そうなのを作ったらしくて」
これぐらいならいいだろう。
「あれ、お姉さんプログラマーだっけ」
「いや、仕事は違います。大学で専攻してたみたいで、趣味で作ったらしいです」
笑いながら答える。
「そりゃすごいな」
格が目を見開いて驚く。
「今度俺もやらせてよ、御馳走するから」
続けて笑いながら言う。
「伝えておきます」
誠人は笑いながら応じる。
「あ。それなら今夜姉弟で軽くつまめるものを何か持っていっていいぞ」
「ありがとうございます」
ありがたく思いながら答えた。
「さ、ちょっと休憩したら夜の仕込みだ」
格は自ら食べ終えた食器を片付けながら、そう言うとキッチンへ向かって行った。
誠人も食べ終わると、同じように食器を片付ける。
――早く夜にならないかな。
自分はプログラム関係は無知だが、ゲームの仕様は度々聞いていた。
姉も俺も歴史オタなので、こだわりはハンパ無かった。
どこまで出来るのか分からないけど、「ゲームの世界にダイブする」のは間違いなく初体験だ。
さてと。
ワクワクが止まらないけど、まずは目の前の仕事。
やることやって終わったらすぐに行こう。
自らに言い聞かせながら、誠人は片付けた食器を持ってキッチンへ向かって行った。




